トピックス2021.08.02
【第4回 VISIONS CONFERENCE アフターレポート】「世界が注目するビジョナリーな働き方改革とは?「働きがい」と「働きやすさ」両立への挑戦」
4月16日、パラドックスが昨年立ち上げた研究機関「パラドックス創研」が主催するオンラインセミナー、「第4回 VISIONS CONFERENCE」を開催いたしました。
今回のテーマは、「世界が注目するビジョナリーな働き方改革とは?「働きがい」と「働きやすさ」両立への挑戦」です。
医療業界の働き方改革に挑み、国内外のアワードに輝き世界から注目を集める訪問看護のパイオニア企業・ソフィアメディの皆様、『NEWTYPEの時代』『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』など数々のビジネス書の執筆を手がける山口周氏をお招きし、ご対談いただきました。
ここでは、当日ご参加できなかった方や、再度カンファレンスの内容を確認したい方に向けて、当日議論された内容のサマリーをトークテーマ別に振り返ります。
#1:事業承継と企業ブランディング
-ソフィアメディのブランディングストーリー
佐原:
さっそくご質問に移らせていただきます。あまりご縁がない方も多いかと思いますので、まずは「在宅医療」や「訪問看護」についてご説明いただけますでしょうか。
ソフィアメディ:
「在宅医療」「訪問看護」は、入院するほどではないのですが、通院するのは困難な方、例えば人工呼吸器など、自宅での医療ケアを必要とする方をお客様とする仕事です。お客様のご自宅に訪問して医療を提供しながら、最期はお看取りまで寄り添っていくことも私たちの生業です。
佐原:
高齢化が一層加速する中で、社会に欠かせない仕事ですね。私も実際に仕事に帯同させていただき、現場の方々と一緒に理念を作らせていただいたので、少しだけソフィアメディ様の理念についてご説明させていただきます。
まず、ミッションは”英知を尽くして「生きる」を看る”です。社名にあるソフィアはギリシャ語で「英知」を意味しており、経験や思い、知識を生きる方々に注ぎ込んでしっかりと看ていくという思いを込めさせていただいています。
ソフィアメディ:
補足させていただきますと、病院にいると病人であり患者さんですが、家に帰るとお父さんであり、お母さんであり、おじいちゃんであり、おばあちゃんでありその人の役割と生活と人生があります。もしかすると皆様のご親族の方の中にも、病院でお看取りをされた方がいらっしゃったり、「お家に帰りたい」という言葉を聞かれたこともあるんじゃないかと思います。「お家に帰りたい」というのは、病気の中でも自分の生活を生き生きと最後まで生き続けたいという思いの裏返しだと思い、私たちは最後まで“「生きる」を看る”ということをミッションに掲げ、向き合っている会社であるとご理解いただけると嬉しいです。
佐原:
皆様の覚悟を感じるミッションですよね。一人一人がこれを掲げてお客様と向き合っているのが伝わるのではないかと思います。
佐原:
こちらの理念は、事業継承時につくりましたね。現場で働く看護師やセラピストの方々を巻き込んで一緒につくり、皆様にとってもかなり大変なプロセスだったと思うのですが、その際の葛藤やご苦労をお伺いしてもよろしいでしょうか。
ソフィアメディ:
PARADOXさんに1年伴走していただいて、現場のリーダーを中心に30人以上に100時間かけてヒアリングをする本当に長い旅でした。何を変えてはいけなくて、一方で何を変えなくてはいけないのか選分けの作業は、事業承継をするリーダーが最初に向き合っていく重要な心構えだと思っています。
さらに、在宅医療の領域は一人一人の医療スタッフが一人一人のお客様のご自宅に訪問する仕事です。拠点も全国にわたっています。なので遠隔性がそもそも事業モデルの中に内包されているんですよね。日本社会の時代感を捉えながら、この会社はどんどん大きくなっていく使命がある。3年前、400人ほどの会社だったのが、今は1200人ぐらいの規模で、拡大をしていく中で遠心力と求心力のバランスをいかにとっていくかは向き合わなければならない課題でした。この理念策定プロジェクトを通して、何を大事にして訪問看護に向き合ってきた会社で、何は良さとして絶対に変えてはいけなくて、何はこれからの外部環境の変化の中で変えなくてはいけないのかというのを考えていく貴重な機会でした。みんなで外部環境やこれから先の未来を見据えながら腹を括って何を大事にまた訪問看護に向き合っていくのかということを策定した1年でもありました。
佐原:
プロジェクト中、目線合わせの大変さもきっとあったと思います。その点はいかがでしたか?
ソフィアメディ:
これから拡大していく組織の中で、求心力をつくるぞと考えていたので、推進力の土台になるメンバーとして、誰を理念策定プロジェクトに入れるのかはすごく大事です。PARADOXさんにご相談したのですが、メンバーを誘っても10人くらいに断られるところからスタートしました。なんとか無理やり入ってもらったと思ったら、「やっぱりやめたいです」と言い始める人がいたりすごく大変でしたね。後は、カリスマ創業社長が病に倒れた時に承継をうけたため、創業社長の想いを紐解いていくというプロセスと、その良さをみんなで確認しあうということを大事にしました。
佐原:
「温故知新」がこのプロジェクトのキーワードでしたね。
ソフィアメディ:
そうですね。「古きをたずねて新しきを知る」ということを大事にしてきて、古きをたずねまくりました。カリスマ創業社長が病に倒れた時、承継をうけて彼を紐解いていくというプロセスが一番大事で。その良さをみんなで確認しあうということもすごく大事にしました。
佐原:
ありがとうございます。だからこそ、当初予定していた半年ではなく、10ヶ月、11ヶ月かかりましたよね。続いて、理念策定プロジェクトを実施した成果もお伺いできますか?
ソフィアメディ:
まさに求心力と遠心力の切り替えなんですが、向かうべき道が定まると、その後の施策は全て繋がって行きます。首都圏の訪問看護の離職率は20%とも言われていて、業界として離職率が高いんです。もともとソフィアメディはいい会社だと思っているんですが、それでも離職率は15%くらいあり。現状は8%くらいになりました。また、新しく仲間に入ってくれる新入社員の方たちが、理念に共感して入ってきてくれる。そういった中で新入社員も多く、またコロナウイルスの影響で対応すべきこともたくさんあるのですが、なにをやりがいになにを目指して働くか決まっているという中で、すごくいいみんなにとって大事な「北極星」を作らせていただいたなと感じています。
佐原:
ありがとうございます。私たちにとってもすごく有意義な時間だったなと振り返りながら思っています。今、話を聞いていただいた上でぜひ山口さんにも以上の2点についてご質問させていただきたいと思います。
山口:
「オルタナティブ」がキーワードだと思っています。みんなここ50年くらいの自分と自分の親の世代がやっていることを当たり前だと思って、それ以外のやり方が無いと思っているんです。例えばテスラは、自動車というのはガソリンが当たり前でせいぜいハイブリットがあるぐらいの時に、完全な電気で自動車を作っちゃったわけですよね。テスラが世の中を変革するような動きを作り出して、世界中の自動車の大メーカーが引きづられて結果的には2030年までにカリフォルニアでガソリンエンジンを売られないようにするという動きを生みました。つまり、ガソリンでエンジンを動かす以外のオプションがないということに対して、電気自動車というオルタナティブを出したんですよね。今のやり方に対して、本当にそれってこの先それでいいんだっけっていう問題提起をしたんです。アートの世界にはもともとスペキュラティブであることが作品としての価値に重要で、スぺキュラティブであるというのは議論を起こすとか、何らかの新しい提案を含んでいるということで単に綺麗とか上手ということではなくて、作品そのものが世の中に議論を提起していることが重要なんですよね。それは最近デザインの世界でも言われていて、僕はこれがビジネスにもきているなと思っています。ビジネスによって世の中に提案することで、今まで自分たちが当たり前だと思っていたやり方は非人間的で、大きな後悔を残すやり方になってしまうかもしれないという気づきや考えるきっかけを与えていると思うんですよね。多くの人は人生の最後になったら病院から亡くなりましたという電話がかかってきて、終わりを迎えます。それが当たり前だと思っていた中に、それって本当に後悔が残らないかを問うことは逝く人にとってはもちろん、残された人にとってカタルシスを与えるものだと思うんですよね。
これは2つ目の質問にもつながるんですが、僕は去年出版した『ビジネスの未来』という本の中で、安全・快適・便利というものについて日本はかなりの水準ができていて、この水準をこれ以上あげることに経済的価値は生まれないと書いています。ただ、安全・快適・便利という世の中の背後で人間が人として十全たる生を全うして生きて、残された人も大往生だったね、おじいちゃんいい死に方だったね、自分もそういう死に方が将来できるだろうと思えるようなことができるか。まさに『ビジネスの未来』の副題は「経済にヒューマニティを回復させる」なのですが、そういう意味で言うとむしろ明治時代以前と比べ死に方っていうことで言うと、まわりに孫や親類縁者がいて看取られて亡くなるのが当たり前だった社会から死や病がタブー化され、なるべく世の中から見えないものとして、どこかで知らないうちにそれが済んでしまう。それを目に見えるところにもってくるというのはすごく大きな転換だと思うんです。人生の最後のフェーズで管にたくさん繋がれて、真っ白な壁で知らない人に囲まれいつの間にか亡くなるというのと、どっちの方がいい社会なのかというとこれは議論の余地が無いですよね。僕は皆さんの話を聞いていて、近代的な絶対的な価値というものに対して、ものすごいカウンターをぶつけている会社でもあると思ったわけです。病気は最も治る蓋然性の高い環境で管で繋がれて身動きが出来なくても、治すほうがいいんだというのは近代の価値観ですよね。でもソフィアメディが考えているのは極端に言うと、管に繋がれた状態で10年生きるよりも、短いかもしれないけれど、治すのを目的にせず自分らしい時間を過ごして生きることを目指している。これは、ものすごいポストモダンな革命的なことだと思うんです。
#2:「生きる」を看る、で世界を変える
佐原:
かっこいい理念はつくったものの、絵に描いた餅になっていることをよく弊社のお客様からもおっしゃっていただくことがあります。実践することに頭を抱えられる企業もすごく多いと思いますが、実践システムとしての「ぐるぐるモデル」と、理念実践の先にある「ソフィアエクスペリエンス」についてお伺いできますか。
ソフィアメディ:
ソフィアメディのビジョン・ミッション・スピリッツは素直に素晴らしい理念だと言っていただくことが多いです。そして、理念に対する真剣度もすばらしいものがある。創業からずっと貫いてきた想いがあって、さらに高齢化社会に向けてより一層頑張っていくという決心があるんですよね。ただ、ソフィアメディにおいてこれから“「生きる」を看る”をやっていく時に、なにがアジェンダなのか、問いはなんなのか、そしてどうやって“「生きる」を看る”を実践していくのかということを考えなければいけないと感じました。例えば何も決めないと、働く人たちが自分を犠牲にして、寝ないでがんばる人がいるかもしれないとか。ホームページや採用パンフレット上に掲載するだけのポエムで現実は違うんじゃないか、というふうに捉えられるかもしれない。
理念策定の翌年のプロジェクトでは、どうやったらこれを絵に描いた餅にしないかをみんなで考えました。例えば人事制度はこうあるべきとか、働き方の支援はこうあるべきとか、もしくは育成制度はこうあるべきとか“「生きる」を看る”には何を変えたらいいのか、何を変えてはいけないのかを改めて取り組みました。一つの制度を作るにもオープンな場を設け、五反田の本社に集まってもらい、みんなで話し合って作ったのが、この「ぐるぐるモデル」です。
ソフィアメディ:
これが全体像なのですが、左から1人のナース、セラピストが入社してくれて毎日訪問を重ね、その後たくさんの育成システムがあって、そのあと評価表彰されることで働きがいが高まり、ようやく最後にお客様の満足度が生まれて“「生きる」を看る”というのが実現できるというフローを表しています。
“「生きる」を看る”というのを会社でどのように生み出していくのか、というレシピのようなものです。全く新しいことは入っていないし、どこの会社にもあるような普通のことばかりで、特別なものやユニークなものもありません。ただ大事なのは、何をどうやって一気通貫させれば、本当に“「生きる」を看る”ことができるのか私たちなりに考えてきたものだということなんです。これがぐるぐる循環するときっと“「生きる」を看る”が実現できると信じて作りました。もともといろいろな研修制度や技術を学ぶ制度があったんですが、“「生きる」を看る”ために作り直した制度や研修もあります。
このような研修や諸制度や仕事を通して、従業員がちゃんと幸せかどうかを会社が見て、課題を解決していくということをやっています。その先にやっとお客様満足があるということで、私達はお客様に提供する価値を「ソフィアエクスペリエンス」とネーミングをしています。後でもお話ししますが、お客様に喜んでいただき、その結果やっとビジョンが実現して、その後社会に成果をお伝えし、ステークホルダーの皆様にご報告を差し上げて、また新しいソフィアメディに入社する人たちが増えていくという循環が「ぐるぐるモデル」です。
「ぐるぐるモデル」というネーミングにも意味があって、重たい弾み車だという前提の中で、これをどう一気通貫に高速回転させていくのかということに魂を込めています。
ソフィアメディ:
次に、山レーン、里レーンついて紹介させていただきます。以前、山伏さんの「修行」で、里で付いた心の垢を山できちんと浄化して、また綺麗な心持ちになってから里にまた向き直すというサイクルの話を聞いたことがありました。その話をヒントにした私たちの行動のモデルがこの2つのレーンなんです。
ソフィアメディの仕事では、たとえばお看取りが何件も続くと本当に過酷な状況になります。深夜2時に緊急コールがかかってきて、一生懸命駆けつけてドアを開けたと思ったらそこには差し迫った事態があるわけですよね。そこに一人で医療者が入っていって、場を落ち着かせて救急車を呼ぶのか、今のままの対応でいいのか瞬時の判断を迫られます。その後5時半に家に帰って、翌朝9時半からまた定期訪問がありますとなると、それはなかなか続けられないですよね。やりがいがあるけれど、大変な仕事だという事において、私たちの行動指針の中でも「人間性」を伸ばしてくことが大事だと書いていますが、人間性を日々の運営の中で伸ばしていき、なおかつ山レーンで心の垢をちゃんと浄化してまた次のお客さん、患者さんに向き合っていくというサイクルを会社の経営システムの中で意識的に作っていくっていうこと自体、持続的に私たちが進んでいく中でものすごく大事な概念だなと思っています。社内の研修体系やコンテンツも全部洗い直しました。修験道の山の行と里の行という言葉をもう少しライトに「山レーン」「里レーン」と言い換え、休暇をしっかり取り、両立支援策をととのえ、自分が看護師になった理由や仕事を通しての働きがいを忙しい中でも考える機会を提供しています。
佐原:
「山レーン」と「里レーン」は、訪問看護はもちろん、すべての仕事において大切な考え方ですね。
ソフィアメディ:
ソフィアメディでは、毎朝朝礼があり、経営方針書を朗読します。これは創業時からずっとあり、新しい理念を作った時には理念を作ったメンバーで前からのものも引き継ぎながら、新しくしていきました。みんなで紡いできた経営方針書を一日一ページ読むんです。それで何を大事にしていたのか立ち返るという習慣がついてくる。この後に15分間かけて掃除をします。朝礼の後に掃除をすることで自分に一度帰ることができると言いますか、落ち着くことができる時間になります。かつ「掃除」と言わないで「環境整備」って言うんですよね。なので心も場所も、仕事の環境を整えることを毎日やる。これがちょっとしたことのようで、毎日毎日これが繰り返されると理念を忘れないんですよね。朝礼の中では、例えば今日の1ページはこういうことが出てきたんだけど、私の体験ではこういうことがあったとかを話したりするんですね。なので誰かが作った会社の理念を唱えるというんじゃなくて、自分だったらどう思うかってことを考えることが当たり前の癖付けになっていく。いろいろな場所でそういったタイミングがあるのが、「山レーン」です。
佐原:
これらの制度は、社員の皆様にヒアリングをされてつくられたのでしょうか?
ソフィアメディ:
そうなんです。まず案を作り、それを聞いてみてこれはいらない、こういうものじゃないとか色々やりながら今の形に落ち着いています。それでも実際に使ってみると使いにくいものもたくさんあるんですよね。今後もアップデートしていく予定です。
佐原:
ここでも現場の方々が使用しながらPDCAを回し、実体をともないながらアップデートしていくってことですよね。このようなぐるぐるモデルによって生まれる、「ソフィアエクスペリエンス」についてもお聞かせください。
ソフィアメディ:
一言で言うと、“「生きる」を看る”ことなんですよね。本当にその方が何をしたいかを聞くとか、ご家族の色んな関係性を分かっているとか、こんな声がけをするんだとか。ソフィアクオリティっていうのは体験すると分かるんですけど、秘伝のタレのように大事に大事にされてきています。一方でみんなで作ったビジョンの今まで大事にしてきた素晴らしさを薄めずにもっとたくさんの人に届けるために、今年で三年目の取り組みなんですが、「ソフィアエクスペリエンス最大化プロジェクト」という価値の見える化、言語化、定量化にチャレンジしました。一見これは野暮でもあるんですよね。言語化とか、見える化とか、ものさしとか、数値化とかなんか野暮でビジネスライクですよね。でも一方で大事にしてきたものだったらちゃんと広めていこうと。では何を大事にしてきたのか、そしてクオリティとは一体何なのかっていうのをまた延々と議論しまして。その時にでた今の仮説は、「ソフィアエクスペリエンス」って三つの要素があるんじゃないかと。
その一つは看護・リハビリの実践度、つまり技術です。これはもう当然で、思いとか信念だけでは無くて、きちんと訪問看護に適した医療技術をみんなが確保するというのはマストです。
ただし、技術が良かったら“「生きる」を看る”ことができるかというとそんなことはなくて。技術に行動指針、学ぶ姿勢、人間性とその実践が伴ってこそ、“「生きる」を看る”を実現できると思うんです。なので二つ目はお客様に本当によかったと満足いただけたかという、いわゆる CS(Customer Satisfaction)ですね。
技術があってお客様に喜んでいただけたらそれでいいかと言うと、何か足りない。“「生きる」を看る”をやりたいなら、それだけじゃなくて、お客様ご自身がこれでいいと思えたのか、ご自身が「生き方」もしくは「逝き方」を選ぶことができたかどうかも重要です。とにかくお客様がもしご自身で選択を出来る場合、それが実践できたかどうか。それはもちろんいろいろな選択があって良くて、最後に病院に行くこともあるかもしれません。でも、自分はこういうふうに生きたいんだということを選択できたかどうかも“「生きる」を看る”においては大切な要素ではないかと考えました。
なのでこの三つがそろって、初めてソフィアエクスペリエンス、ソフィアメディならではの価値提供だと考えています。
私たちの仕事は、価値の指標がないんですよ。良い看護はn=1で語られるんですよね。地域医療連携先などから時折「訪問看護はどこでも一緒では?」のような切ない言葉も聞かれたりするんですよね。ちゃんとそこを訴えていくのはすごく大事だなと思いました。例えば在宅医療の業界は介護業界の十年後を走ってると構造的には取られていまして。やっぱり介護のインフラができたから、重症度が高く医療機器を必要とする方も、お家で看られるようになり在宅医療が成り立っている。
そうした時に私たち自身が大きくなっていきながらちゃんと業界全体の標準クオリティを上げるポジティブな循環に入っていく、ということをものすごく意識しています。これが正解であると思っていないですが、価値の定量化を行い、アップデートし続けていくんですけど、そういう思いの中でここにチャレンジしています。医療業界でも人生会議など、ACPが注目されていますが、私たちもここをきちんと定量化してその価値を世に出していきながら、スペキュラティブな思いも込めているというのが繋がってきた気がします。
佐原:
これまでの「ぐるぐるモデル」や「ソフィアエクスペリエンス」のお話を伺って、山口さんはどこに着眼していましたか?
山口:
先ほど遠隔性がすごく高いという言葉を言っていて、これはソフィアメディさんに限らずレストランチェーンにも似たところがあるんですけど 、遠隔性の高いビジネスの理念というのは物理化しやすいんですよ。会社の発祥の地のような物理的なものと結びつきやすいんですが、バリューが生まれる場所はメーカーであれば工場や企画室だし、広告代理店であればプランニングの会議室であったり、あくまで現場なんです。ですから、その人たちを監視もできないし、指導もできないし、ある意味では信じて任せるしかないモデルだと思うんです。なのでかつて起こった事故やコンプライアンス違反のような問題も起きやすい業界だと思うんですが、そうなった時に2つ考え方があって、ひとつは全てをレコードしたり監視カメラをつけたりがんじがらめに管理することですよね。でも、ソフィアメディさんはそれをしていない。これは一つ聞きたかったことなんですが、ある意味で過酷な状況に何度もあう荒みやすい職業だと思うんですよね。そういう職業でかつ遠隔性がある中でじゃあそこで何するかとなった時に、山レーンに僕は3つのコアがあるなと思っています。一つはもちろんスキルを高めることで、これはソフィアエクスペリエンスを実装するための足腰になってくる部分だと思います。その他の2つは人間性を高めることと、ある意味で荒みを癒すと言うか心の修復をするっていうようなところがあって。これがあることで、目的に立ち返らせるということもやっていると思うんですね。多くの企業は、現場の中でバリューを出してくださいという里レーンはあるんですが、山レーンだとスキルを高めるということしかなくて、人間性を高めることと、心の修復をするところがないんです。これがあることで、自分が何でこんな仕事をやっているんだとか、自分がやっていることの社会的な意味とか価値とか、自分の人生にどういう意味与えるかみたいな事を考えることができます。これを会社の資源を投入して思い切りやっていますよね。僕はこれが他の会社にも大事な取り組みなんじゃないかなと思っていて、今モチベーションが希少であり最大の日本の資源だと考えているんですね。
日本は優秀な人もいるし、技術もテクノロジーもあるんだけれど、今かなり危ない状態だと思っています。というのも、モチベーションという資源がこの国で枯渇しつつあって、それを回復させてあげるには意味を与えるしかないと思っているんですね。意味を与えてあげるって言う事を、山レーンはやっていますが、具体的な活動としては人間性を高め、心の修復をするために一連の朝礼をやったり朝の掃除を行ったりする。掃除するというのは一見アナクロニカルに見えると思うんですが、例えば禅寺では掃除をしてから、一番偉い修行の一つである朝ごはん作り「典座」っていうのをやるわけですよね。体を整えることと、環境を整えるっていうことで言うと、掃除というのは環境を整えることになるし、食事を作るというのは内側から体を整えることで心のメンテナンスをするんですね。これは人間性を高めることにもつながっていて、意味を与えています。このような取り組みも一般的に人材育成、組織開発だったり、マインドフルネスにも関わっています。これだけ仕事の意味とかモチベーションをみんなが感じなくなって「ブルシットジョブ」が先進国で蔓延している中で、人事の取り組みとか組織開発の取り組みについてのお話は大きなヒントをいただいたなと思っています。あともう一つが言葉にすることのこだわりですね。言葉は僕も本を書くから感じるんですが、とても目が粗いメディアで実際に気持ちを完全に表そうとすると三島由紀夫みたいな人やコピーライターみたいな人を呼んできてそこに依存してしまうんですね。でも難しいのが、現場にいる人たちは連続した時間の中で心の中に何か思っていることがある。でも、広告代理店のような言葉を精密に使うプロたちの心の中に何かあるかと言ったら無いんです。でも心の中に何かある人たちは言葉のプロに対して引け目があると思うので、このコミュニケーションで非常に多くのプロジェクトが失敗しているんです。心の中に何かあっても、コピーライターが提案したいかにもかっこいい言葉は、何か微妙に違うと思っても言葉にできないんだけどもやもやしている状態が平行線になると、時間切れみたいなかたちで押し切られてしまうんですよね。押し切られたかたちになると、なにか大事なものが溢れている感じが現場の中にあるので、実際に降りてきた言葉は立脚点にも共感できるものにもならない。3つめのポイントでいうと北極星プロジェクトがあって、VMSがあってエクスペリエンス最適があって、このフローは抽象の度合いがどんどん落ちてきているんですよね。最初に理念があってだんだん知行合一させていく時の現場の実装のオペレーションが一番上に立脚しているかがキモです。抽象度の高い話はいきなり現場の人は勉強できないので、何から始めるかというと、具体から始めるんですよね。言葉にする段階を徹底的に違和感がないようにやっているからこそ、知行合一できるんだなという気持ちで聞いていました。
先程の人間性を高めるという言葉自体が自分の中により高い自分をつくるということだと思うんですよね。自分の中のより高い自分から見た時に、自分がやろうとしていることって仁義に反するんじゃないかとか、顧客のためになっていないんじゃないかとかっていうディシプリンが働くようになる。人事制度とかテクノロジーとか外側からかけるディシプリンの方向に今どんどんいっている中、それと真逆のことをやっているということですよね。
ソフィアメディ:
おっしゃるとおりで、心持ちとしては祈りに近いものをもちながらできるだけ科学するということです。でも心持ちは監視するという方向ではなく、祈りの方なんだというバランスは大事にしています。先程禅寺の話がありましたが、仏教用語の心身一如のような話があるじゃないですか。それも心と体を同一にという一気通貫するという考えだと思うんですが、やはり心身一如は心から先に書きますが、体の方が先なんじゃないかと思うんですよね。先程の朝ごはんをつくると言う話だったり、武芸でも芸事修行でもやっぱり先に掃除から始まります。それには意味があって、朝は朝礼とステーションの中の環境整備をすることから始めますが、まずは自分たちをきれいにしてからお客様のご自宅にみなりを整えて伺うというのをルーティーンにしています。経営方針書をみんなで朗読するのは一見古い風習に見えますが、やればやるほど日々の心持ちによってそのページの理解が変わってくるんですよね。社員が増えていくたびに伝言ゲームはどんどん届かなく、難しくなっていきます。一人歩きしてもちゃんと届くように、言葉にすることにはこだわるしかないですよね。言葉で心に記憶してもらい、動画で心に感動をというのはすごく大事にしています。月に1回全拠点、全社員ズームに生放送で繋いで毎月頭にはトップからみんなにメールを出すわけなんですが、言葉で何を伝え、動画で何を語るかは伝道師もたくさん必要なのでとても大切にしています。
佐原:
月1のメールはどのような内容なのですか?
ソフィアメディ:
決めているフォーマットは1つだけで最初は常に「ありがとう」から始めています。この構えはすごく重要だと思っています。あとは伝わりにくい会社全体の大きな動きや、意思決定の背景や狙いも伝言ゲームにならないように、どんなことを悩み、どんなことを大事にしてやっているのかを直接みんなに届けられるメディアを持っていることは重要だと思います。そうしないとぶれていきますし、一緒の旗印のもとでやっている意味が無くなっていきますよね。一緒にやっていることを感じられるような会社作りができたら一番です。
佐原:
山口さんはこの話を聞いて、なにかご感想はございますか?
山口:
おもしろいなと思って、禅寺というのはエントロピーのレベルが低いんですよ。みなさんも試験の前夜机の上を綺麗にしたくなりますよね。それと同じことなんです。人間ってカオスな状態になると心の負荷が重くなるので、机の上を一旦片付けようとするんですよ。あと話を聞いていて思ったのは、訪問看護というのは現場の文脈依存性がすごく高いですよね。個別の患者さんとかお客さんとかその家族とか、病体も家族との関係もばらばらでかつ遠隔性も高い職種においてマニュアルや管理は現場のポテンシャルを横一線に揃えてしまうことだと思うんですよね。もし遠隔性が低く、文脈依存性もそんなに高くない定型的に必ず価値がでる場合には、個別の指示を出すだけでいいんですね。なので理念とかビジョンみたいなものの重要性が低くて、これは業態によって変わってくるはずです。広い範囲にいて各現場が個別の判断が必要になってくると、技能としての基礎体力をもった上でこれを大事にしてくださいとまかせるしか価値を最大化する方法はないはずなので、そこは自分の中でも整理できました。
ソフィアメディ:
個別性が高いので、理念に対して、自分がどのように理念を解釈して実践するかできるだけ隣の人の解釈も見える化することも重要だと考えています。なので、例えば社内報では“わたしの「生きる」を看る”というコーナーがあって、自分はこのお客様に対してどういう解釈で,自分の“「生きる」を看る”を具体的にどう実践して何に悩んでどうしているかってことをできるだけリアルに見せていく。かつソフィアメディの中でも一人ひとりの“「生きる」を看る”の解釈に正解は無く、答えはたくさんあっていいんだっていう事で皆で語り合うことをしてるんですよね。例えば、「自己成長」とか「人間性」の成長もソフィアメディを見ていて思うのは、寄りかかっていいんだということが思想として流れているように思うんです。私たちの行動指針「5 Spirits」の最後に「おせっかい」という言葉があるんですが、朝礼もだれかに寄りかかる感覚がありますし、掃除も一日15分、週の中の5分の1くらいちょっとずつでいいんだと書いてあります。一人で自己成長しろっていう負荷をかけないような、なにかあっても寄りかかれると言う状態でありたいんです。そこを含めて大事なポイントな気がします。
また、それに合わせて、“「生きる」を看る”という理念の言葉は、お客様やご家族のことだけを指しているのではなくて、私たちスタッフ一人一人の働き方や生き方にも願いを込めていて、その願いの元、いろいろなことが運営されています。
山口:
おもしろいですね。ビジョンはよく絶対に大事だって語られかたをするし僕もそう言うんですが、例えばピクサーってビジョンがないんですよ。創業者が、ビジョンにあまりポジティブじゃなくて、彼はビジョンをだすとどういう映画を作るのか可能性を狭めてしまう気がするし、みんな考えなくなるんじゃないかと言っていました。ピクサーの文脈依存性は映画によって違いますが、一方で遠隔性が非常に低くて創業者たちの目の前で映画のアイデアがでる中でそれはピクサーらしいよね、それはうちが作るものじゃないよねという議論ができます。なのであえて言葉にして縛らなくてもいいと言うことなんだと思うんです。現実的にはあり得ませんが、ピクサーが一万人の会社になって全世界にたくさんスタッフがいて創業者が全く関与できなくなるとすると、最低限の理念とかどういう映画作りの方向性をつくるかというタガがないとそのうち変な映画がでてきてしまうと思います。
ソフィアメディ:
文脈依存性と遠隔性だけではなく、映画で作られたコンテンツはちゃんと世に出てカスタマーだけではなく自分たちスタッフにまでその内容が伝わるというのは、すごく今の話を聞いて羨ましいなと思いましたね。一人一人のお客様にどう寄り添ってどう看取っていくかというのは、密室で完結してしまうんですよね。みんなでそれをある程度開き、視線を合わせるという作業はすごく大事ですよね。
山口:
解釈というのは永遠に終わりのない世界ですよね。だから私だったらこの状態でこういうふうにするかもしれないけど、人の話も聞くことで自分の中にもどんどん解釈の幅が出てくるし、ある意味で多様性が許容されるかもしれないですよね。映画は作ったら他のスタッフも見れるわけですが、御社の場合は相当人為的に切り出して横に広げるということをやられていますよね。
#3:応援され続ける企業になるために
佐原:
最後にソフィアメディさんから山口さんにぜひ伺いたいという大切な質問が残っておりまして。
ソフィアメディ:
はい。ぜひ山口さんの意見を伺いながら前に進んでいきたいと思っている質問です。私たちはメンバーが増え、たくさんの方を看取ることができたら満足というわけではなくて、オリンピックが終わってコロナが落ち着いたら2025年問題に大きく向き合っていくと思うんです。その時に私たち自身が看取りや終末期における医療介入のあり方であったり、誤解を恐れずに言うと「良き死」の定義であったりこれから議論されていくだろう課題に対し、明確にそれを担う機関として貢献していきたいと強く思っています。まさにオルタナティブとして選択肢を提供しつつ、どのようにスタンダードにしていくか。風に乗っている高齢社会とか在宅医療が伸びますという話ではなくて、どういうふうに風を作りだすかという話をぜひお伺いしたいです。
山口:
僕も明確に答えを持っているわけではないんですが、2つ思うところがあって1つ目は業態っていうものに囚われることの危険性はあると思いますね。以前カンファレンスにご登壇いただいたパラドックスのお客様の石坂産業さんなんかもそうなんですが、彼らはもう産業廃棄物の中間処理業者だという捉え方をしていないと思うんですよね。世の中に存在しない職種と言うか、とても難しい立ち位置だと思うんですよ。なぜかと言うとビジネスを考える時は必ず言葉を使って考えるわけですが、言葉になってる時点で必ず過去なんです。つまり、言葉を使って考えると必ず過去のフレームに囚われる。でもビジネスは未来に向かって開いていかないといけないので、言葉というものから自由になって、イマジネーションとかビジュアルとかストーリーとかそういったものをベースに考えていくことがすごく重要になると思います。
2つ目は、そういったことを考えるとすると思い描かなくてはいけないのは、ある種生活文化を作っていくことだと思うんですね。看取りとか終末医療とかって生活文化なんですよね間違いなく。やっぱり今の日本の終末医療のあり方って先進各国を見ても全然違うストーリーを持っていますよね。だから2050年という30年後のタイミングを考えた時に、どういう人生を歩んできてどういう家族形態でというところまで考える必要がある。例えばリンダグラットンの『LIFESHIFT』という本ではリモートワークが浸透して孤独というものがものすごく大きな社会問題になることが指摘されています。だからソフィアメディが全く世の中にでていない2050年の状況と、そうでは無い未来にはどういう文化が生まれているのか近未来小説を書く必要があります。その未来では、どういうものが世の中のスタンダードになっていて、望ましくは高齢化が須く突入する先進各国から日本はすごいよねと言われるすると、どういう人生の終わりの生活文化になっているのか。「風に乗る」というのと「風を作る」というのは全く違います。風に乗るというのは今ある社会の仕組み、生活文化のニーズに答えてタコをあげるようなもので通常のビジネスパーソンがやっていることです。風を作るというのは新しい生活文化を生み出して、それをオルタナティブとして提示して新しいニーズを生み出すことです。
阪急グループの小林社長はまさにそんなことをやったと思うんですね。工場の煤煙が都市部でひどかった当時に、都市部から30分電車で離れた緑豊かな田園地帯に広い庭付きの一戸建てを構えて住んで、子供たちと文化的な生活を送って、週末は百貨店にいって外食して買い物して…っていう暮らしをしませんかっていう。それはもう当時の日本というより先進国に存在しない全く新しい生活スタイルだったわけですけども、鉄道を儲けさせるとか、阪急を儲けさせるわけでなく、将来の日本人はこういう生活文化で暮らしているという絵を描いた。当然そういう生活を送りたい人は鉄道を使って通勤するので鉄道需要も増えるんですが、彼は鉄道に乗ってくれといったのではなく、阪急というものが作った生活文化というものの提案をしたわけですよね。これから先、今の社会システムを前提にしたら生じるであろう潜在的な問題、または既に顕在化している問題に対して、新しい生活文化を絵を描いた上で、だとするとこういうサービス、こういう施設、こういう人材、あるいはこういうものが必要になってくるという細部まで描くという所までをぜひやってもらいたいなということを今日の話を聞いていて思いました。
パラドックスでは今後もVISIONS CONFERENCEの開催を企画しておりますので、第5回以降も皆さんのご参加を心よりお持ちしております。告知は弊社のfacebookアカウントからも発信しておりますので、ぜひ、ご覧ください。