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世界に誇れる日本ブランドへ。
「らしさ」や「あり方」を
みんなで再定義するプロジェクト。

CLIENT:株式会社 土屋鞄製造所さま

  • コーポレートブランディング
  • インナーブランディング
  • 東京都

1965年に家族経営のランドセル工房として生まれ、今では日本を代表する鞄メーカーとなった「土屋鞄製造所」。上質な革を用いて、職人の手によって丁寧な縫製で仕上げていくアイテム一つ一つは、長く使い込んで経年変化を楽しめると、人々を魅了しています。創業から55年を迎え、規模が拡大し、日本から海外へブランドの魅力を広めていく新たなステージへと進んでいこうとしていた2020年。揺るがない価値を見つめ直し、描いていく未来を明文化するために、「土屋鞄“らしさ”」を言語化する理念策定プロジェクトが始まりました。

1「家業」から「企業」。新たなステージに進む際に感じた危機感。

創業から55年となる2020年。家業から始まり、半世紀にわたり500人規模へと成長した土屋鞄製造所は、社内コミュニケーションの壁に立ち向かっていました。

当初、人数規模が小さい頃は、経営層と社員の直接的なコミュニケーションを通して「土屋鞄“らしさ”」を広めることができていましたが、従業員が数十倍になった今、土屋鞄の「価値観」や「強み」の解釈が分かれはじめていたのです。同時に海外出店・進出の機会や、インバウンド顧客が増えているタイミングでもありました。社長から”世界に通用するブランドになりたい”という想いは発信していたものの、全社に共通認識として浸透している状態ではなく、それは具体的にどのような未来なのかが伝わっていませんでした。

これから国内外の社員が増えていく中、言葉がないまま次世代に価値をつなぐには限界がある。さらに海外進出を強化し、日本を代表するブランドを目指す上で、組織全体が一丸となれる旗印をつくりたい。土屋鞄の価値を受け継ぎながら、本気で世界を目指すために、理念策定プロジェクトが始まりました。

2マネージャー陣を巻き込み、
半年かけて、みんなが納得できる言葉を開発。

当初は土屋社長の頭の中にある考えや価値観を棚卸しする想定で、プロジェクトを開始しました。しかし、議論を進めるうちに「みんなを巻き込みたい」と社長が考案し、工房・オフィス・クリエイティブチーム、さまざまな職種のマネージャー陣10名以上のプロジェクトメンバーと残りの議論を進めていくことに。培ってきた「土屋鞄”らしさ”」を余すことなく紐解き、みんなで未来を描くために、半年間かけて15回以上のセッションを重ねました。

議論から見えたのは、これまで感覚的に培ってきた「土屋鞄”らしさ”」に関してセッションメンバーは概ね同意していたこと。しかし、その“らしさ”をわかりやすく表現しながら、日本独自の侘び寂びのような曖昧さも残し、全員がしっくりとくるような言葉をつくるために何度もディスカッションを重ねました。全てを語りすぎず、想いを投影できる言葉づくりにこだわり、アウトプットしました。

最も論点となったのは「ビジョン」。「世界に誇れる」「私達の目指すブランド」とはどういうことなのか。「ビジョン」を言語化する過程は、社長が掲げた志をマネージャー陣と話し合い、みんなの共通認識をつくり上げていくプロセスでもありました。

単に自分たちの商品や日本の職人技を世界に広めるだけではなく、人を大事にする、自然を敬う、ものを長く使うという日本の”精神性”、すなわち”丁寧”という価値観を広めていきたい、その先お互いを尊重し合う世界をつくりたいという意思が込められています。

そんな土屋社長とセッションメンバーの想いをブランドストーリー、そしてミッション・ビジョン・バリュー・スピリットとして紡いでいきました。

土屋鞄が培ってきた価値観を表現し、そのうえでどのような世界を実現していきたいのか、なぜ土屋鞄がそれをやり遂げるべきなのかという必然性をブランドストーリーで表現。

ミッションでは、土屋鞄の存在意義・日々果たしている使命を言語化。買っては廃れていくものではなく、経年変化を楽しみながら長く愛されるものをつくりたいという意思を表明。

ビジョンでは、「世界に届けていく、日本ならではの精神性=”丁寧”」を旗印に。

バリューでは、土屋鞄の商品やサービスの開発・提供にあたって軸となる指針を明文化。

スピリットでは工房、店舗、オフィスで働く一人ひとりが大切にすべき行動や考え方を言葉に。

3台湾や香港、そして世界に。
「意味」が誤差なく伝わる海外版理念の策定。

日本語版の理念が完成した2021年4月に、新たな壁が立ちはだかりました。それは、出来上がった理念を台湾・香港の店舗で働くマネージャーに見せた時に、「言葉が曖昧」「このままではスタッフに意味が通じない」と指摘を受けたことです。

日本語は、共通文化や理解をもとに「含み」のある言葉が美しいとされる言語。特に「余白」を大切にしながらつくり上げた土屋鞄の理念は、そのまま他言語に翻訳すると、同じ深みで意味が伝わらないことがわかったのです。しかし海外で働くスタッフや、その先にいるお客様にも、土屋鞄の想いを伝えることが理念策定の目的。そこで、海外に向けて理念をコミュニケーションしていくプロジェクトが始まりました。

ご協力いただいたのは、台湾や香港の店舗で運営や管理を行っているマネージャー3名と、その3名のもとで働くスタッフの皆様。海外で働く全スタッフを対象としたアンケートを実施し、共感しやすいポイント、共感しづらいポイントを洗い出した上で、マネージャー陣とセッションを開始しました。マネージャー3名とは、アンケート結果を踏まえて日本語版理念の中でよりわかりやすく説明すべきポイントを洗い出していきました。その上で、「土屋鞄”らしさ”」を保ちながら、誰にとってもわかりやすい言葉へと変換していきました。

その際に大切にしたのが、元の理念の形に縛られすぎないこと。伝えたい意味を惜しみなく伝えることを最優先とし、言葉をわかりやすく噛み砕き、あらゆる言語において明確にコミュニケーションできるフォーマットを作成。そのフォーマットを活かしてつくり上げた英語版や中国語版を土台に、そのほかの言語にも翻訳できるようにしました。

▼英語・中国語版ミッション・ビジョン・バリュー・スピリット

日本語版ミッション「時を越えて愛される価値」を通して伝えたかった意味を具体的にし、「時間とともに魅力が増していく、かけがえのない価値」と意訳した上で、英語・中国語に。

最も翻訳の難易度が高かったのが「ビジョン」。日本語版ビジョンで用いた「丁寧」に当てはまる翻訳がないため、「人と物と時間を大切にするという想い/考え方」と翻訳し、土屋鞄がそれを実行に移している具体例をリード文にて紹介。

日本語版バリューの意図を保ちながら翻訳しやすくするために、抽象的な言葉を具体化。

日本語版スピリットから形を変え、一つ一つが誰を対象とした行動かを明確化にし、誤解なく伝わるように翻訳。

4商品開発、プロモーション、社内の仕組みづくりまで。
マネージャーや新入社員が主体となった理念浸透。

社内で理念が公表された後は、理念策定に関わったメンバーを初め、各部門の統括を行うマネージャー陣に集まっていただくワーキンググループを結成しました。

このワーキンググループでは、ミッション・ビジョン・バリュー・スピリットに関する理解を深めるだけではなく、組織において存在する課題を洗い出し、それを解消するために各部門においてどのように現場社員に理念を浸透していくのか、商品・サービスを通して理念を体現していくのかを主体的に考えていただきました。

定期的な活動共有を行う中で、以下のような施策が生まれ、実行されました。マネージャーのみが活動するのではなく、部門の社員、特に新卒入社の社員を巻き込んでボトムアップで浸透していくのが特徴でした。

 

●土屋鞄のリユースアイテムを販売する「ポップアップストア」

●持続可能性やサーキュラーエコノミーを意識した「レザー代替素材の取り入れ」(プレスリリース

●長く使い込んだレザーアイテムを特集した「クリスマスカタログ」

●バリューを商品づくりにどう反映するかを明文化した「商品開発ポリシー」

●スピリットを社員に求める行動として落とし込んだ「評価制度」

●ベストプラクティスを表彰し、インセンティブを付与する「表彰制度」

●理念ワードの意味を社員に伝える「社内報コンテンツ」

●理念ワードを軸にした「新卒向けインターンシップ」

●浸透具合を定点観測して次の活動につなげていく「理念浸透サーベイ」

お客様からお引き取りし、修理を施したリユースバッグを販売したポップアップストア。
経年変化や、前のご愛用者による革の表情や風合いを「唯一無二」「個性」という新たな魅力として表現。

「運ぶに、忘れられない体験を」「クレイジー」を海外のお客さまに伝えるために実施した、土屋鞄の職人が遊び心を持って生み出したアイテムを紹介するイベント。

WEB社内報「革ノオトKAWANOTE」。土屋鞄に携わる人たちの思い、気持ち、記憶を書き留める “みんなのノート”であり、工房に響き渡るミシンの音や、スタッフとお客さまの声を拾い上げ全社で共有する”みんなの音”でもあるという、二つの意味が包含されています。

5理念浸透プロジェクトの、これから。

理念策定プロジェクトには経営層だけではなく、国内外のマネージャーが参加したため、プロジェクトメンバーの横の繋がりが強化されただけではなく、より多くの社員にとって理念が自分ごと化された状態をつくることができました。理念のリリース時には社長や経営層だけではなく、プロジェクトメンバー自身が他のメンバーに理念を伝える「話者」となり、浸透プロジェクトも円滑にスタートを切ることができました。

プロジェクトが完了してから1年。ミッション・ビジョン・バリュー・スピリットという判断基準があることで、会社の中で共通言語が出来上がり、みんなで対話をしながら事業展開や商品・サービス開発を進められるようになりました。理念をボトムアップで先輩やマネージャーにコミュニケーションする若手社員が増えているという、好影響も見え始めています。評価や任用をはじめ、採用活動にもさらに活かしていく予定です。

浸透は長期にわたる取り組みですが、土屋鞄では想いを馳せて活動している主体者が数多くいるため、今後はさらに活発な議論が繰り広げられ、スピード感を持って進んでいくことが期待できます。