よわさを認められるつよさを、アスリートから社会へ。
CLIENT:日本ラグビーフットボール選手会さま
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1 プロジェクトのはじまり
「よわいはつよいプロジェクト」は、アスリートに多い「強くなければならない」という意識の変革のためにメンタルヘルスに関する啓発活動を行っていく日本ラグビーフットボール選手会と国立精神・神経医療研究センター(以下、NCNP)地域部/認知行動療法センターの共同で立ち上げたプロジェクトです。
プロジェクトは、NCNPの小塩氏が元ラグビー日本代表の選手と話していた際に、アスリートもメンタルヘルスで悩んでいる現状を知ったことからはじまりました。選手からラグビー選手会元会長へ、元会長からラグビー選手会の立ち上げに参画して以来の仲だった吉谷にも声がかかり、プロジェクトが発足。吉谷もプロジェクトの立ち上げメンバーの一人として、参加いたしました。
小塩氏:
「プロジェクトを始める際、「アスリート(Athlete), メンタルヘルス(Mental health)」で、世界中の論文をチェックしました。すると、日本のアスリートを対象にした論文が1つもなかったんですね。研究領域でないということは、医療やサービスも勿論ほとんどないと推測できます。それを、元ラグビー日本代表の選手にお伝えした際に、ラグビー界でもメンタルヘルスの取り組みは仕組み化されていないので一緒にやりましょうとお声がけをいただきました。その後、メンバーであるラグビー選手会元会長が「プロジェクトに入ってもらいたい人がいる」と吉谷(弊社クリエイティブディレクター)さんを連れてきてくれたんです。」
「よわいはつよいプロジェクト」は複数の仕組みやクリエイティブ、調査が並行して行われました。以下、各施策内容とそれに対する反響・反応について記載いたします。
2 メンタルヘルス問題に取り組む
「PDP=Player Development Program」。
「PDP=Player Development Program」は、アスリートのウェルビーイングやメンタルヘルスケアの仕組みの1つです。アスリートを現役選手期間中から様々な角度でサポートするシステムで、世界各国、特にニュージーランドやオーストラリアでは積極的な取り組みが行われています。選手の人格的なサポート(私生活上の問題やメンタヘルス、引退後のキャリア構築など)を目的とするプログラムであり、選手の人間としての幸せ(Well-being)をサポートすることを目指すプログラムです。
※参考(論文):山下慎一・川村慎・堀口雅則・小塩靖崇「アスリート支援におけるPDP(Player Development Program)の意義とPDM(Player Development Manager)の役割、および日本での導入可能性について」P169-P170
主には、現役選手1名に対し、1名の元アスリートが担当としてサポートにつき(PDM=Player Development Manager)個別面談やグループワークを行なっています。2022年5月末時点までに、11名にトライアルを実施。利害関係が存在しない、少し年上の方々に対して、今後のキャリアや怪我のフォローなどの相談ができる場を、月1回設けています。
3 メンタルヘルス専門家とタッグを組み、
アスリートから社会へ発信。
もう1つ、大きな取り組みとして、選手会がメンタルヘルス専門家とタッグを組み、アスリートから社会に対してメッセージを発信いたしました。プロジェクトチームが立ち上がったあと、ヒアリングを通じて「よわいはつよい」というコアメッセージをつくり、デザインやWEBサイト、ポスターなどの制作を行いました。
表現のポイントは、かっこよさ。メンタルヘルス関連の制作物は、ピンクや緑などのやさしい表現が多かった中で、ラグビー選手が発信するプロジェクトとして、思わずTシャツに入れたくなるようなかっこよさを意識しました。一方で、かっこよさに寄りすぎると、伝えたい内容と乖離するため、優しくて包容力がある表現に。言葉づかいとビジュアルの掛け算で、ゆるすぎず、固すぎず、を意識し、プロジェクトを広げていくにあたって、受け入れられる塩梅に気を配りました。
また「よわいはつよい」というメッセージを、世の中に伝えていくために、啓発ポスターを毎年制作しています。
こちらのリンク先よりダウンロード可能です:https://yowatsuyo.com/gallery/
ポスターのメッセージコピーは非常に多くの案の中から、メンタルヘルスの専門家や現役のラグビー選手にも見ていただき、共感してもらえる案を選び世の中に出しています。
こうして制作されたメッセージやデザインについて、小塩氏から以下のようなコメントがありました。
小塩氏:
「元会長が吉谷さんを呼んでくださり、何度も話を聞いてもらいました。僕たちがやりたいことや想いを聞いた吉谷さんが『要するに、皆さんが言いたいことって“よわいはつよい” を広めたいんですよね』と言い換えてくれて。その時に見せてくださったデザインが原型で、今とほとんど変わっていません。吉谷さんは話をすごく理解してくださって、僕たちが普段使う難しい言葉を『つまり、こういうことが言いたいんですよね』と言い換えてくれる人。こう伝えたらわかりやすいんだ、と僕自身大きな発見があったことを覚えています。」
4 よわさをさらけ出したアスリートたちに、集まった共感の声。
2021年2月4日、NCNPは『ラグビー選手におけるメンタルヘルスの実態 ~ジャパンラグビートップリーグ選手におけるメンタルフィットネスの調査からの報告~』という調査結果をリリースしました。この調査内では、本調査に参加した選手のうち、2.4人に1人の割合で、何らかのメンタルヘルス不調を経験しており、10人に1人は、うつ・不安障害の疑いあるいは重度のうつ・不安障害が疑われる状態。希死念慮は、13人に1人に認められることを示していました。この結果は、日本のトップカテゴリーのアスリートであるラグビー選手が、海外アスリートや一般人と同様にメンタルヘルス上の課題を経験している可能性があることを示しました。
本調査は、各種メディアに取り上げられるとともに、SNSでは多くの選手が自分たちの言葉で、メンタルヘルスについての体験や考えを発信しました。特に注目を浴びたのは、堀江翔太選手の投稿です。
2016年
ワールドカップで番狂わせがおきた次の年。
サンウルブズ、日本代表、パナソニックと三つのチームのキャプテンをしました。この時はラグビーを辞めたいと思った。結果をださなあかんプレッシャー、選手達のモチベーションを下げないように、ネガティブ言葉を使わずにポジティブな言葉を選んで https://t.co/W8gkkuqTOJ— 堀江翔太 (@shotahorie) February 6, 2021
有名選手が赤裸々に心の悩みを語ったことに、他チームのキャプテンからも「自分もこうだった」と賛同の声が集まり、ファンからも「リーダーとしてこれほどの悩みを抱えながらプレーしていたのか」といった反応が多くありました。ラグビー選手は一見強そうに見えますが、普通の人と同じように、それ以上に悩みを抱えている。自分のよわさをさらけ出すことを、アスリートが率先して行ったことに大きな注目が集まるとともに、プロジェクトの認知と共感を高めるきっかけとなりました。
よわいはつよいプロジェクト公式サイト/特別対談 堀江翔太「リーダー、つよさゆえに。」:https://yowatsuyo.com/talk-horie-kawamura/
当時のことを振り返り、小塩氏から以下のようなコメントがありました。
小塩氏:
「今回、ラグビー選手を対象として調査結果を世の中に出し、一般の人にまでメンタルヘルスを考えるきっかけを与えられたことに手応えを感じました。トップオブトップの選手が、自分たちの経験を話してくれ、ファンが温かい言葉で支えてくれて。本当に出してよかったなと。発表を受けて、サッカー選手会がシェアしてくれたり、テニス選手会からも連絡があったり。スポーツに限らず、経営者層の方や個人の方々からも多くの共感や感謝のメッセージをいただきました。ラグビーのコミュニティから、広く響いている印象がありました。」
日本のスポーツ業界に先駆けて、勇気を持って発信を続けた「よわいはつよい」プロジェクト。大坂なおみ選手のニュースや東京五輪でのバイルズ選手の出来事があった際には『報道ステーション』や『news zero』において、アスリートのメンタルヘルスの第一人者として「よわいはつよい」プロジェクトが取り上げられました。海外のニュースメディアでも、日本国内のアスリート向けのプロジェクトとして紹介されるなど、時流の高まりとともに、注目を浴びています。
5 世の中へと広がる「よわいはつよいプロジェクト」のこれから
「誰もがよわさをさらけだせて、よわさを受け容れられる社会へ」というのが、本プロジェクトの理念でありビジョン。フィジカルと同じようにメンタルを考える。そんな社会へと変えていくために、今後も本プロジェクトは活動を続けていくとのこと。
最後に、小塩氏にパラドックスとの仕事を通じての感想を伺いました。
小塩氏:
「今回、吉谷さんからとても学ばせてもらいました。専門家は、特定の領域に目が行きすぎて、自分だけの言葉で万人が分かると思ってしまうことがあります。例えば、論文で書くような言葉を普通の人にも伝えてしまう。でも、本来の目的は、研究者ではなく現場の人に理解してもらうこと。僕たちが明らかにしたことを、現場の人が自分なりに理解して、幸せになってもらうことが目的です。僕たちはその言葉を持っていなかったところへ、吉谷さんが“よわいはつよい”という言葉をくれて、ラグビー界の人が自分たちの言葉で発信してくれました。僕にとってこのプロジェクトは、僕が考えていたことを具現化してくれたプロジェクトであり、多くのことを学ばせてもらいました。メンタルヘルスの研究をしていて、心の開示を恥ずかしいと思う人が多くいることに気がつきました。それが何よりも弊害で、不健康ですよね。『全てのラグビー選手がその人の人生を豊かにしていくように』と選手会が行ってくれていることを、一般の人たちや周囲の競技の人にも広めていきたい。この取り組みに反応してくださった人は、その想いに共感してくれた人なのかなと思います。不調をきたすことを、当たり前と受け入れられる社会になっていけたら。」
※本プロジェクトの主なクリエイティブは、アートディレクターの窪田新氏とWEBディレクターの大西史氏(株式会社イノセント)とともに制作いたしました。