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数年前だったか、ある雑誌(幻冬舎刊『ゲーテ』、2010年5月号)で孫正義君と対談をした時、のっけから僕は驚かされたね。孫君が30年以上も昔に僕と最初に出会った時、「夢と志との違いを知っているか?」と僕から質問されてびっくりしたと言ったからね。言われてみれば、若い起業家の人たちに僕の言いそうなことだから間違いないはずだが…。何しろ当時同君は米国の大学留学から帰国して新事業を起こしたばかり、たしか年齢も25か26で社員が2人だったはずだ。この間ある会で久しぶりに孫君に会った時、「…先生、有利子負債が9兆円を超えました…」と言われた帰途、「…あんなすごい人物に、30年前とは言え、とんでもない説教を吹っかけたものだ…」と、僕はつくづく反省したね。(笑) 冗談は別として、人間たるもの納得の行く人生を歩みたいなら、青年時代に“志”を抱くことが絶対に必要だというのが、僕の持論だ。よく“志”は“夢”と混同されるが、両者は全く違う。“夢”は主に少年・少女が人生の将来に対して抱く“淡い願望”で、成人する頃には雲散霧消してしまうものだ。ところが、“志”は、人生の将来に対する成人の“強い決意”で、青年時代に心にそれを抱いた人とそうでな人とは、その後の人生の生き方がまるきり違うと言っていい。少年や少女の“夢”も青年の“志”も職業にかかわるものが多いが、前者はその後の人生と全く無関係だが、後者はその後の人生を精神的に強く支え続けてくれる。孫君の座右の銘は、そのまま同君の正伝の書名(『志高く』、井上篤夫著、実業之日本社)の題名にもなっており、本書こそは、上記の僕の考え方を裏付ける絶好の書だと言えるだろう。
-「職業というものは、自分自身と世の中を結びつける最大の媒体なのだから、職業というものの大切さをもっともっと真剣に考えた方がいい」と、野田氏は言う。
そもそも、志に沿って自分の個性を発揮できる職業を見つけた人で生活に困っている人は、まずいない。職業というのは、世の中に必要なものだから。世の中が必要とするものを、世の中が放っておくはずがないからだ。だから、職業選択に当たっては、仕事の満足度より先に収入の多寡などを考えるべきではない。たしかに所得が高ければ、低い人よりはそれなりに良い生活はできるだろう。だが、そんな生活の差は、人生の大半を過ごす仕事への満足度の差から見れば、取るに足りないものだ。だから、とくにこれから社会人になる若い方々に対しては、声を大にして言いたい。自分の“志”=「自分の個性に合ったどんな職業を通して、世の中に貢献したいか」という人生目標をこそ第一に考え、仕事を選んでほしい」と。
ある明確な目標が生まれれば、自らの知恵と努力をその達成に集中させることができる。普通、人々は目標が達成されることを“成功”と呼び、達成されなかったことを“失敗”と呼んで両者を対語にしているが、それはロクな人生目標に挑んだこともない人々の、結果だけを見ての浅見だ。僕が接した多くの創業型企業経営者は例外なく、自分が過去に経験した“失敗”の話を実に楽しげに話してくれた。この方々にとって、過去に特定の人生目標の達成に対して知恵と努力を集中したことは、たとえそれが、時に失敗に終わったとしても、その後の成功に大きく結びついたと確信しておられたからにほかならない。まさに『失敗は成功の母』だとすれば、真剣な人生目標の達成にとって、失敗は、断じて成功の反対語ではないはずだ。では、“成功”の反対語は何か?それはマザー・テレサの「“愛”の反対は“憎しみ”ではなく“無関心”だ」という名言に似て、「何も目指さないこと」でしかない。僕は、ひたむきな人生目標を最も的確に表現する“志”という言葉がことさら好きだ。この言葉は一般には、頼もしい青年にふさわしいと思われているが、僕は87歳になった今でも“志”を抱いて生きているから、この言葉は頼もしい青年に限って冠せられるものとは絶対に思っていない。
人生を真面目に生きようと思う人には、現実は返って厳しいものだ。真面目にがんばっても思う通りにはことが運ばないことが多いし、将来の明るい見通しもなかなか立たないことが多い。実は、そういう時こそが人生の勝負どころでもあると考え、己を励ます独自の処理法を考えておくことだ。僕も若い頃には何回も何回も“人生の壁”にぶつかり、暗い気持ちに襲われ、弱音を吐きたくなったことは数えきれない。しかし、そんな時に僕の心には幸い、何時も必ず尊敬する父親の顔が浮かんだ。
日本の航空技術者の先駆けだったと共に典型的な“明治の男”だった父親は、何よりも愚痴が嫌いだったから、子供の頃僕は何気なく愚痴などを口にして、何回も叱られたものだ。ただ叱られたのではない。「愚痴を言うくらいなら、嘘でもいいから明るい顔して大法螺を吹いてみろ! みんなが信じたら白状してみんなを笑わせろ!」…といった処世訓は、短気な僕には人生でどれほど役立ったことだろう。
- 以上の回顧談からも察せられるように、野田氏自身はその直情径行の生き様や歯に衣を着せぬ表現から、若い頃は苦労もことさらに多かったらしいことは、「我が反骨人生」と副題のついた近著『悔しかったら、歳を取れ!』(幻冬舎ビジネス新書)で詳述されているが…
30~40歳代までは実に多くの人々から誤解されたし、批判の対象にもなったし、周囲の親しい人々からさえ絶えず諫められたりもしたものだ。しかしそのたびに僕は、他人の意見より自分で納得できる生き様を頑ななまでに信じ、「今に見ろ!」と何百回も何千回も自分の心に叫んだものだ。それがどうだろう。50歳を過ぎる頃になって僕の生き様がそれなりの成果を生むにつれ、世間の批判も周囲の諫めも目立って減り、60~70歳となる頃にはかえって、「あの人ならやるだろう」という評価にまで変わってきたではないか。90歳近いこの歳まで、病気ひとつせず、大小いくつもの新事業の発足に協力したり、あるいは発足当初の責任者を引き受けたりしてつづけてきた。そういう人生を送れたことの、すべての根源は若い頃からこだわりつづけた生き様にあると、僕は今固く信じ、深く満足している。
- 人生を充実させるのは"志”だ、と語る野田氏。最後に、このWEBサイトの読者のメッセージを伺った。
20~30歳代の方には、まさに“志”と呼ぶにふさわしい雄大な人生目標をとことん真剣に模索されるよう、40歳代の方には、現状に甘んずることなくもっと高邁な人生目標を確立し、十分ある残りの人生でその達成に努力を傾けていただきたい。また50~60歳代の方には、これまでの豊かな職業経験を存分に生かせるような清新な人生目標を構想され、できれば気心の知れた友人知人とも相図って、斬新な人生の局面を是非とも拓いていかれるよう、僕は心から念願し、期待してやまない。
2014年10月1日