こんにちは!
今回取り上げる理念企業は3M。皆さんもよくご存知のポスト・イットノートやスコッチテープなどの一般消費財から工業分野まで、多岐にわたる領域で数多くのイノベーティブな製品を生み出し続ける企業です。
アメリカのミネソタ州セントポールを本拠地に持ち、現在では世界約200の国と地域にネットワークを持ち、約9万人の社員が51のコア技術を軸に、4種類の事業領域において、約5万5000種の製品を展開させています。
ジェームズ・C・コリンズ氏のビジョナリーカンパニーにも取り上げられており、100年を越える長い歴史を持っているにも関わらず、未だ成長を続け、世界を舞台に新しいイノベーションを起こし続けてきたビジョナリー企業の雄です。
近年、その成長率が下がっているとはいえ、3Mは100年以上の間、継続的にイノベーションを起こし続け、自社の事業ポートフォリオを時代に合わせて自在に組み替えながら一貫してずっと成長を続けているという、信じられないような実績を持っています。
今回、編集部では3Mがなぜイノベーションを長年に渡り起こし続けることができたのかを企業理念を起点に調べてみたのですが、そこから浮かび上がってきたのは、これまでのミッション・ビジョンを旗印に組織を牽引する企業とは異なる思想でした。
「イノベーションを起点に成長を続ける」という大きなベクトルは持ちながらも、経営者が代わっても、「個の可能性を信じ、組織として、いかにその可能性を育てていくべきか?」ということに真摯に向き合いながら、イノベーションが起こりやすい企業文化づくりに心血を注いできた歴史。それが3Mの圧倒的な差積化ポイントになっているようです。
今回のコンテンツも、3Mの誕生と初期の経営を振り返りながら、どのような企業理念を持ち、どのような企業文化を醸成することによって、100年以上に渡り、数多くのイノベーションを生み出すことができたのかに迫ってみます。
1:間違いから生まれた3M
3Mは、アメリカのミネソタ州セントポールに本社を置く企業であり、登記上の社名は、ミネソタ・マイニング・アンド・マニュファクチュアリング・カンパニー。科学製品、自動車部品、文房具まで幅広いカテゴリーで製品を展開しています。
今でこそ、イノベーションの代名詞と言われている3Mですが、設立初期は波乱の連続であり、そもそもの誕生自体がある間違いから生まれた会社だったのです。
1902年、地元の有力者である5人のビジネスマンが、一人1000ドルを出し合って、ミネソタ州クリスタルベイにある鉱山を購入しました。当時は、工業製品の生産過程でサンドペーパー(紙やすり)が用いられることが多く、重要が急増していた時代でした。
そこで5人は、サンドペーパーの砥粒に使用する鋼玉(アルミニウムの酸化鉱物)が採掘できるという情報を信じて、その鉱山を購入したのです。しかし、実際にそこで最初に採掘できたのは他の鉱物で、サンドペーパーに使用することができませんでした。
調査不足と言ってしまえば、それまでですが、今では考えられないような初歩的な間違いから3Mは誕生したのです。ようやく材料に使える鋼玉を掘り当てたのは、2年後の1904年。しかし、その鋼玉も全く売れずに、同社の株は地元の酒場の安いウイスキー2杯で取引されるほどだったと言います。
その後、研磨材メーカーを目指していくのですが、低迷を続け、ようやく1914年にスリーエムアイトという名前をつけた合成研磨材が誕生。この製品が、当時成長産業であった自動車業界からの圧倒的な支持を受け、3Mはサンドペーパー業界で名前が知られるようになります。創業から12年後のことでした。
最初の11年間は、社長に給料を払うこともできず、初配当までに12年もかかってしまうというかなり厳しい出足でしたが、ミネソタという土地になんとかして産業を興したいと願う人々の忍耐強さによって、3Mは支えられたのでした。
COLUMN「日本と3M、共通点は農業?」
当時のミネソタの主要産業は農業で、大麦の産地だったそうです。自然と向き合い、我慢強く農作物を育てるミネソタの人々の気質が、3Mの決して諦めないスピリットにも通じていると言われています。また3Mがグローバル展開をした際に、日本との相性がよかった理由の一つとして、麦と稲作、種類は異なるものの同じ農作物を育ててきたという土地の共通点があげられたそうです。
2:中興の祖 ウィリアム・マックナイト氏の功績
創業のエピソードに加え、経営者に関しても3Mには独特の特徴があります。急に頭角を表し、急成長する企業には、カリスマ創業者が存在し、会社の理念や事業、組織のベースを一人で作り上げてしまうといった逸話が多いのですが、3Mはそのパターンには当てはまらないケースと言えるでしょう。
利益を生み出すまでの最初の十数年を支えたのは、ヘンリー・S・ブライアン氏をはじめとする3人の社長ですが、3Mの名を世に知らしめたのは、1929年に社長に就任したウィリアム・マックナイト氏と言われています。
*出典:「https://www.3mcompany.jp/3M/ja_JP/careers-students-jp/about3m/culture/」より
マックナイト氏の経営スタイルは、独裁的なものではなく、優秀な経営チームによって会社運営をしていたことも特徴でした。控えめな性格のマックナイト氏に代わって、持ち前の社交性を活かして営業ネットワークを広げたアーチボルト・ブッシュ氏や現在も3Mで最も権威のある賞とされるカールトン賞の由来である研究者リチャード・P・カールトン氏。
マックナイト氏は経営者となる前から、自分には無い分野に長けた優秀な人材を集め、経営チームを作り上げていました。個性豊かな一人ひとりの強みを活かすことで、それぞれの力の和以上の力を生み出そうとする考え方は、現在の3Mバリューにも通じるものがあります。
現在の3Mの企業文化の多くは、マックナイト氏の時代に始まったとされています。ここではマックナイト氏が社長就任前も含めて、作り出したと言われている企業としての仕組みや文化を紹介していきますが、今なお3Mの成長を支える文化の原点とも言えるべきものが多くあります。
- 1911年 顧客との共創
営業部長となったマックナイト氏は、当時当たり前だったカタログによる注文方式から、実際に顧客の工場へ赴き、研磨材を使ってもらうことで工員の不満や要望を直接聞き出し、製品開発にフィードバックする方法をとった。まずは、現場で顧客の声を聞くことから始めるという3Mの文化は、今でも「(工場の)煙突の背後を見よ」という言葉で社内で用いられている。
- 1916年 研究室の誕生
- マックナイト氏が営業と製造を統括する支配人になった際に、研磨材に不良品が多発し、返品が殺到する事件が勃発。原材料のガーネットの輸送中に、他の積荷であったオリーブオイルがかかっていたことが原因だった。その原因を究明したマックライト氏は、品質管理の重要性を感じ研究室を設置。当時はスタッフ1名の品質検査室でしたが、これが後に3Mのイノベーションを支える研究機関に発展していくことになる。
- 1925年 カルチャーの醸成
- 当時、自動車用マスキングテープ開発において、マックナイト氏に研究中断を支持された研究者がいたが、彼は継続して開発を進めていた。マックナイト氏は、それを知りながら注意することなく黙認。結果として3年後にそのマスキングテープは大ヒット商品となった。このエピソードは後ほど紹介する“15%カルチャー”と“ブートレッギング”という3Mの代表的カルチャーの起源となった。
- 1940年 イノベーションの出生率分析
- マックナイト氏は、過去の新製品を数える内に近年の新製品の誕生サイクルが間延びしていることに気づいた。そこで開発ステージにある製品をいち早く市場に出すか、開発ターゲットを変えるなどの判断により、イノベーションの出生率をあげる取り組みに着手する。これも後の3Mの代名詞ともなる売上に対する新製品割合をKPIとする独自の思想の起源となった。
- 1948年 集権経営から、分権経営へ
- 直近の10年で売上を約10倍にしていた3Mは、多角化していた事業部を8つの事業部に分け、独立したPLシート(損益計算書)を持たせる事業部制に移行させた。これは、経営上の数値管理だけでなく、マックナイト、ブッシュ、カールトンといった強力な経営陣主導の中央集権型経営から、各事業部にリーダーシップとオーナーシップを持たせることで、分権型経営に転換していくという意思表示の現れでもあった。
※2020年現在は4事業部制
- 1948年 経営陣に向けた手紙
- 上記の組織再編時にマックナイト氏は、初めて自分の経営哲学を明文化し、経営幹部に配布した。これは“マックナイト原則”と呼ばれ、現在でも公式的な経営理念とされている。
“1948年 経営陣に向けた手紙”
事業が成長するにつれ、マネジメント(経営者)は責任を委譲し、責任の委譲を受けた者に自主性を持つように奨励することが日々必要になっている。これにはかなりの忍耐力が必要だ。権限と責任を委譲された社員が、能力のある社員であるならば、自分のアイデアを与えられた職務をみずからが考案した方法で果たす願望を抱くようになる。
このような考え方を社員が待つことは、当社が望むところであり、社員の起用する方法が当社の事業方針や業務運営の方式におおむね沿っている限り、むしろ奨励すべきものと私には思えるのである。過ちは起こる。しかし、それを犯した者が、みずからを基本的に正しいと信じているなら、長期的に見てその者が犯した過ちはそれほど重大ではないと思う。それよりむしろ重大な過ちは、マネジメントが独裁的になり、責任を委譲した部下に対し、事細かに仕事のやり方にまで指示を与えるところにある。
マネジメントに辛抱する能力がなく、過ちが犯されたときに破壊的、そして批判的に対応すると、その人物の自主性が損なわれてしまう。当社が引き続き成長していくためには、自主性を持っている者が多くいることが何よりも重要な要素なのだ。
これまでルールや経営思想を明文化してこなかった3Mの経営層だが、マックナイト氏が経営の第一線を退く前に、ベースとなる会社の考え方を文章に残すようになったのは、組織の成長と共に、次世代の経営者の育成が必要となってきたためだと考えられます。
独裁的な経営者の多くは、経営に関する文章をあまり残しませんが、次世代の経営者の育成を考える経営者は、経営の手がかりとして最低限の手すりを残すのかもしれません。
謙虚で控えめ、且ついち早く経営チームをつくることによって人の可能性を活かしてきたマックナイト氏が社長在任期間の終盤で残したこの手紙。そこには壮大なビジョンや大きな野望が掲げられているわけでも、人々の心を鼓舞するような情熱的なメッセージが書かれているわけではありません。
ただ3Mが何度も苦難に直面しながらも乗り越え、ここまで成長してこられた理由と、これからも進化を続ける上で、大事にすべき基本的な価値観が記されています。何か一つの絶対的な正解を指し示すのではなく、人の可能性を信じて任せることの大切さ、そして、その難しさ。決して派手ではない、この手紙の中にマックナイト氏の信念、そして3Mの本当の強さが潜んでいるように感じます。
3:イノベーションを掲げる企業理念
3Mの理念体系はとてもユニークで、明文化されているものはビジョン、バリュー、行動規範・スローガンの4種です。ミッションというカテゴリーは存在しないのですが、ビジョンの中に、テクノロジーでお客様のビジネスを進化させるという使命、そしてイノベーションを通じて人々の暮らしを快適にし、明日を豊かにするというミッションが含まれています。ビジョン自体がミッション・ビジョンを兼ねたパーパス(企業の存在目的)の役割を担っているというイメージでしょうか。
イノベーションを企業の核に据えた、非常に強固な企業文化を構成している3Mですが、その企業文化を一般的な企業のように、ミッション・ビジョンを前面に押し出しながら構成しているのではないようです。
あくまでミッション・ビジョンは大きなベクトルであり、実際の社内でのコミュ二ケーションやマネージメントの局面では、前章で紹介したマックナイト氏の“1948年経営陣に出した手紙”の内容を例にあげ、読み解いたりしながら使用しているそうです。
企業としての大きなビジョンは定めながらも、まず最初に、個人の可能性を信じ、その次に、それを活かせるように最適なマネージメントや組織や仕組みを組み立ていくという企業のあり方に関する思想が見てとれます。
歴代の経営陣においても、経営理念を旗印にメンバーを牽引するのではなく、イノベーションが起こりやすい環境や文化をいかに作るかに注力することによって、人と組織を活性化し続けることで推進力を生み出しているのが特徴です。
これは3M創立のエピソードにもあるような独自のDNAが色濃く反映されているように感じます。いきなり企業としての大きな目標を外してしまった際にも、当初の目的に固執することなく、自らが変化し続けることで、新しい提供価値を見出してきたという3Mらしさに由来しているのかもしれません。
実は、このような企業理念と企業文化の関係性は、グーグルと非常に似ています。ビジネス領域や意思決定の方法・基準、スピード感などは全く異なる2社ですが、理念は存在するものの、カルチャーや価値観、倫理観を表す最低限の基本ルールによって、個々やチームの能力が最大限に発揮できる環境や文化づくりを重視するという思想は、時代や領域を超えてイノベーションにこだわる企業に共通する共通のスタイルと言えるかもしれません。
3-1:バリューモデル
ここでは3Mの企業理念を紹介しながら、それぞれがどのような体系立てられた関係性になっているかを読み解いていきます。なお、企業理念はアメリカの3Mのホームページやアニュアルレポートに記載されたものを、編集部で翻訳をしているため、公式な日本語訳ではありません。
3M Value Model
As a company, our value model sets us apart and enables us to create premium and differentiated value for all of our stakeholders:
3Mバリューモデル
バリューモデルは、私たち3Mを企業として際立たせると同時に、すべてのステークホルダーに対し、特別で差別化された価値の提供を可能にします。
*出典:「https://s24.q4cdn.com/834031268/files/doc_presentations/2020/05/07/3M_2019_Investor_Overview.pdf」より
3Mバリューモデルを読み解くと、4つの優先事項(製品ポートフォリオ、変化、イノベーション、人と文化)を遵守しながら、自社の強みである4つの力(テクノロジー力・製造力・グローバル力・ブランド力)のシナジーを活かしたビジョンの実現を目指しているようです。
Our Vision
What drives us
Our Vision drives everything we do. As a company driven by both performance and purpose, we are committed to applying 3M Science to improve every life
私たちのビジョンは、すべての活動を推進させます。実績と目的の両軸を大切にする企業として、3Mの科学を通して世の中の暮らしを豊かにすることを目指します。
Our Strengths
How we work
Our strengths are the foundation of 3M, and make us greater than the sum of our parts.
私たちの強みは、個々の和より大きな力を発揮することができる3Mの基盤です。
Our Priorities
How we grow
Our priorities position us for long-term growth and success, and represent how we are constantly evolving to build on our tremendous foundation.
私たちの優先事項は、私たちの長期的な成長と成功に加え、いかに私たちの大きな組織基盤を継続的に進化させていくかを明確に示しています。
Our Values
What guides us
Our values bind us together as one 3M, and are the center of our culture.
私たちのバリューは、私たちをワンチームとして結束させ、カルチャーの中心を担うものです。
*出典:「https://s24.q4cdn.com/834031268/files/doc_presentations/2020/05/07/3M_2019_Investor_Overview.pdf」より
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3−2:ビジョン・バリュー・行動規範・スローガン
続いて、各理念ワードの詳細を紹介していきます。
ビジョン
3M Technology Advancing Every Company
3M Products Enhancing Every Home 3M
Innovation Improving Every Life3Mのテクノロジーはお客様のビジネスをさらに前に進め、
3Mの製品は毎日の暮らしをより快適にし、
そして3Mのもたらすイノベーションは明日をもっと豊かにします。
バリュー
3M’s actions are guided by our corporate vision and values of uncompromising honesty and integrity. We are proud to be recognized worldwide as an ethical and law-abiding company. As a company, we are committed to sustainable development through environmental protection, social responsibility and economic success.
Our guiding values include:
・Act with uncompromising honesty and integrity in everything we do.
・Satisfy our customers with innovative technology and superior quality, value and service.
・Provide our investors an attractive return through sustainable, global growth.
・Respect our social and physical environment around the world.
・Value and develop our employees’ diverse talents, initiative and leadership.
・Earn the admiration of all those associated with 3M worldwide.
3Mの活動は、企業ビジョンと妥協なき正直さと誠実さによって導かれていきます。
私たちは、世界から倫理的で法令を遵守する企業として認められていることを誇りに思います。企業として環境保全に努め、社会的責任を果たしながら、持続可能な経済発展を目指していきます。
私たちのバリューは以下を含みます:
・妥協なき正直さと誠実さをすべての活動において実践します。
・技術革新、卓越した品質・価値・サービスによって顧客を満足させます。
・世界市場における持続的な成長を通じて、投資家に魅力的な還元を行います。
・世界中の社会的、物理的な環境を大切に扱います。
・従業員の多様な才能、独創性、リーダーシップを尊重し、発展させます。
・これらすべてを達成し、社会的に評価されるグローバルなワン3Mを目指します。
3Mのスローガン
Science. Applied to life.
“科学を、暮らしに活かす。
*出典:「https://news.3m.com/English/resources/default.aspx」より
行動規範
3Mの行動規範とは?BE3M
BE 3Mとは、正直に、誠実に行動すること、お客様の生活を便利にすること、高い倫理基準を維持して、他社より優位に立つこと、そして多様性を受け入れる職場を作ることです。
>善良であること
法律および3Mの行動規範に従う。
>正直であること
正直に、誠実に行動する。
>公平であること
取引相手が政府であるか、顧客であるか、サプライヤーであるかを問わず、ルールにしたがって行動する。
>忠実であること
3Mの利益、資産、情報を守る。
>正確であること
完全かつ正確なビジネス情報の記録。
>敬意を持つこと
互いに尊敬し合い、当社の社会的環境および世界中の物理的環境に敬意を払う。
4:イノベーションを実装する企業文化
イノベーションを起こし続ける企業であるためには、どのような企業文化を持つべきか、どのような人と組織であるべきか?という思考の優先順序を持っている3Mでは、前述の企業理念よりも古い歴史を持った企業文化が多く存在します。
イノベーション研究の第一人者として、3Mを研究されている野中郁次郎一橋大学名誉教授※によると、3Mではイノベーション促進施策として、個人、集団、組織という3つの異なるレイヤーに対して、様々な角度のアプローチが設計されており、その形式は明文化されているものから、不文律のものまで多岐に渡ります。 ※2020年現在
さらに、3M内における知識や経験といった情報は、目に見える形になっている「形式知」と、目に見えない「暗黙知」の2つの知を、社員同士が縦横の関係性を通じて交わしながら、次の世代に共有していく場づくりができていたようです。
*出典:「3M(スリーエム)の挑戦―創造性を経営する 野中郁次郎 清沢達夫 日本経済新聞社」より
ここでは、3つのレイヤーごとのイノベーションを起こす仕掛けと、その仕掛けが実際にうまく機能するように見守るマネージメントポリシーという2つ視点から紹介していきます。
4−1:イノベーションを起こす仕掛け
個人を対象にしたイノベーション促進施策
>15%カルチャー(15%ルール)
個人が自分の勤務時間の15%を、自分自身が興味を持っている研究につぎ込める制度。現在では、グーグルなどの他の企業でも取り入れていますが、3Mではかなり初期の段階からこのカルチャーが存在していました。
また、このカルチャーは一度も明文化されたことがなく、現在でも暗黙知になっており、具体的に15%を図る方法もないそうです。その理由としては、明文化してしまうと%の比率や数値といった量的な問題になってしまい、本来大事にすべきイノベーティブマインドを損ねる危険性があるという説があるそうです。
>ブートレッギング(密造酒づくり)
社内ボランティアをネットワークし、上司に内緒で製品を開発すること。前述の15%カルチャーとの組み合わせによって実現する仕組みです。さらにその開発を助けるために、自分が関わっている研究だけでなく、社内の他の研究者が取り組んでいる研究テーマや情報などすべてがデータベース化され、世界中の3Mのメンバーが即座に共有できるようになっています。
>ジェネシス・プログラム(物事の起源プログラム)
所属する部門において承認を得られなかった研究やプロジェクトも、ジェネシス・プログラムでの討議を通すことで、本社から別枠の予算を引き出すことができる仕組みです。
>11番目の戒律
モーゼの十戒をもじって、さらに「汝、新製品のアイデアをつぶすべからず」一つの戒律を加えたもの。絶対に失敗することを証明できない限り、辞めさせることができないという不文律のルールです。マックナイト氏の手紙にも通じる3Mにおけるマネージメントポリシーの特徴を端的に表したカルチャーです。
集団を対象にしたイノベーション促進施策
>メンター制
若手研究者たちが、直属の上司以外の技術専門職の最高位であるコーポレートサイエンティストと呼ばれるトップ技術者から3Mのこれまでの成功例や失敗例について学ぶことができる制度。技術や知識の伝達はもちろんのこと、失敗を恐れない3Mの技術者マインドなど、明文化されていない知識を学ぶことができる。
>テクニカルフォーラム
社員の自主運営によるもので、技術者の横断的な活動を推進するため技術テーマごとの30以上の勉強会と最新技術の情報を共有するポスター展示会を実施。専門外であっても常に最新の技術知識に触れることができるため、異なる新旧の技術を組み合わせ、非公式な開発活動を支えることを目的にしています。
>BDU(Business Development Unit)
新しいアイデアが公式プロジェクトとして認められるとアイデア保有者がプロジェクトメンバーを自由に社内からリクルートし、社内ベンチャー的なチーム「ミニカンパニー」を結成できる仕組み。さらに15%カルチャーを使って、個人がプロジェクトに主体的に参加できるボランティアという仕組みが加わった。
組織を対象にしたイノベーション促進施策
>テクノロジープラットフォーム
3Mは事業部に分かれていますが、横軸でのイノベーションを起こすために技術は全社に属していると考えられ、テクノロジープラットフォームという考え方でまとめられている。46のカテゴリー(接着・接合、研磨剤、セラミックなど)があり、1つのカテゴリーから平均して、1000以上の製品が開発され、その総製品数は5万5000種をこえている。※2020年現在
>ベーシング・プラス
特に重要な技術的イノベーションと認定されたプロジェクトに対し、優先的に予算を集中させることで開発スピードを上げるプログラム。実際にこのプログラムにより、幾つもの新製品が生まれ、大きな売上を上げることになり、2000年には過去4年の新製品の売上に占める割合が35%という記録的な数値につながった。
>ダブルラダー・システム
3Mのキャリア制度。科学者、技術者に関しては、管理職と研究専門職のキャリアが2本に分かれており、職位が同じであれば、処遇が統一されている。研究職の最高位のコーポレート・サイエンティストであれば、役員に相当する。実績ある研究者や技術者が不得意なマネージメントに悩まされることなく、生涯、専門性を磨き続けることができる仕組みである。
>新製品比率
これは現在の3Mの事業部の評価基準の1つになっていますが、マックナイト氏のイノベーション出生率を起源に、10代目社長のレイモンド・H・ハーゾック氏が“ストレッチ・ゴール”として設定した目標です。評価基準なので定量的であるべきなのは当たり前なのですが、3Mとしては珍しい明文化されたルールです。
1977年当初は、総売上に対する新製品(市場導入後5年以内の製品)の売上比率を25%としていましたが、その基準は徐々に厳しくなり、市場導入後4年以内の製品の売上比率30%、さらに市場導入後3年以内の製品の売上比率45%と推移している。※2020年現在
>新製品開発・導入プロセス(シックスシグマ)
GE出身で3M初の外部出身CEOであるW・ジェームス・マックナーニ氏によって導入された仕組み。品質を高め、コストを下げることが基本的な目的だが、開発段階から顧客の声を取り入れるなど3M独自の要素を組み込みながら、新技術の導入から開発、最終的な市場導入までのプロセスごとにKPIを設定し管理していった。初年度の目標達成に向け、市場導入後の販売戦略や製造管理計画も前以て設定されている。
上記のように企業文化が生み出すための多くのイノベーション施策が展開されている3Mですが、それらの文化が実際に相互作用をおこして、生み出された一つのエポックメイキングな事例として挙げられるのが、有名なポスト・イットノートの開発ストーリーです。
COLUMN「3Mの神話 ”ポスト・イットノート ストーリー”」
*出典:「https://www.post-it.jp/3M/ja_JP/post-it-jp/contact-us/about-us/」より
1968年中央研究所のスペンサー・シルバー氏は、くっつくが簡単にはがれる接着剤を偶然発明した。用途が思い浮かばなかったシルバー氏は社内でその発明を売り歩いたが、その時は製品化に取り組もうとする人物は現れなかった。
5年後の1973年、コンシューマー・テープ事業部のアート・フライ氏は教会の聖歌隊として賛美歌の歌集をめくる際に目印にしていたしおりが落ちてしまうことにイライラし、接着剤の付いたしおりというアイデアを思い浮かべる。そこでシルバー氏の接着剤のことを思い出し、15%カルチャーを利用しながら、様々な部門に相談しながら、商品化を進めていった。
実際の製造機械を作る際に、エンジニア部門に相談したところ、フライ氏のイメージする製造機器を作ることは難しいと断わられてしまう。そこで、フライ氏は自宅でその製造機械の実作に取り組み、独自で作り上げてしまう。
その間、フライ氏の上司は時間や予算の面でフライ氏を支援し続け、面子を潰されたエンジニア部門からのクレームからもフライ氏を守った。
1977年に製品サンプルが完成したが、マーケティング部が行なった製品カタログを用いた市場調査の結果が悪く、マーケティング部は製品の販売に否定的だった。
そこで、フライ氏は自らサンプルを社内に配り、別の上司はそのサンプルが役員秘書の手に渡るように手配した。すると役員秘書たちの間で話題になり、社内でも大人気になった。その盛況ぶりを見たマーケティング部は考えを改め、フォーチュン500社の秘書たちにポスト・イットノートを配り、そこから問い合わせが殺到するようになっていった。
1980年全国的に販売されると、ポスト・イットノートは爆発的に売れ、今なお続く大ヒット商品になっていった。シルバー氏の最初の発明から12年、フライ氏の着想から7年後のことだった。
このポスト・イットノートのストーリーは、世の中的にも3Mを紹介される際によく使われていますが、同様に社内においても企業の価値観や文化を表す具体的なエピソードとして、意図的に用いられています。
このエピソードが時代をこえて用いられるのは、開発力、社内の情報共有、15%カルチャーやブートレッギング、上司や仲間のボランティア精神によるサポート、現場の意見を直接聞くマーケティング、折れない心、そして何より時間がかかり予測困難な開発プロセスの価値など、3Mが大切にしている価値観が濃縮されたエピソードだからでもあります。
さらに、当時BtoB領域における製品がほとんどだった3Mにとっての初めての一般消費者向けの商品だったということもあり、価値観とイノベーションの宝庫と言える事例とも言えるでしょう。
上記エピソードがあまりに有名なため「3Mはポスト・イットノートを超えるイノベーションがない」という声も聞こえますが、この事例がよく取り上げられる真の理由は、社外だけでなく社内においても、社員が会社文化を理解するのに格好な事例であるということも大きいようです。
企業文化を理解するための象徴的な神話は、インナーブランディングに大きく寄与する企業の掛け替えのない資産であり、こういった神話がたくさんあることが、3Mブランドの差積化に繋がっていくのです。
4−2:イノベーションを見守るマネージメント
前述のような様々なイノベーションを誘発する仕組みや制度があったとしても、実際にその仕組みが社員によって使用されるとは限りません。実際に多くの企業では、社員をサポートするはずの仕組みや制度のほとんどが形骸化し、絵に描いた餅になってしまっているケースはよく目にします。
しかし、3Mではこれらの仕組みが形骸化することなく、しっかりと運用されることで企業文化にまで昇華されているのはなぜなのでしょうか。その理由は、2章で紹介したマックナイト氏の経営層に向けた手紙に代表されるような“イノベーションの孵化を見守る”マネージメントポリシーの存在といえるでしょう。
社員が安心して、気兼ねなくイノベーションに集中できるように環境を整えてあげること。それが3Mのマネージメント層に求められる一つの要件と言えるかもしれません。ここではマックナイト氏の手紙の他に、いかに組織がイノベーションを見守るかを示した3Mの研究開発マネージメントポリシー、人材マネジメントポリシーを紹介します。
“イノベーションの伝統を築くために必要なマネジメント6ステップ”
元研究開発部門最高責任者ビル・コイン氏1ビジョンを植え付ける。
イノベーションは、企業のビジョンの一部であるべき。私たちは最も革新的な企業を目指す。このビジョンを達成するために、全社員は努力すべし。そうでない社員は、自分の仕事を見直さなければいけない。ビジョン実現がマネジメントポリシーである。
2先見の明を奨励する。
顧客の行き先を予測する先見の明。まだ十分に分析されていない需要を開拓することで、より大きな見返りを得ることができる。私たちの仕事は、我が社の将来を予測できる人、そして将来の市場を探し出すことである。
3全力投球による目標設定を行う。
緩やかな改善に安住しないよう、自らに圧力をかけることが必要だ。我われの最終的な目的は、業界を変えるような製品の開発だ。さらに、高い目標設定のために、失敗に寛容な人事評価がある。身分の安定によって、全力投球ができる環境を作り出している。
4権限移譲を徹底する。
社員が自ら進んで仕事を行える環境をつくる。重要なのは部長とトップマネジメントが資源と方向を与えた上で、姿を消すことである。組織が個人を搾取し、窒息させたりすることはしない。※エンパワーメントを最初に使い出したのは3Mと言われている。
5コミュニケーションを拡大する。
マネジメントは、研究所に大まかな方向性とビジョンを提示し、研究所はマネジメントに可能性を伝える。技術革新者同士の会話を通じた技術の組み合わせや移転能力は、技術の発見と同様に重要である。それを実現するのは、ボランティア精神に満ちたインフォーマルコミュニケーションネットワークである。
6表彰により認知する。
技術革新の伝統を生み出す最後のステップは、報酬と表彰だ。販売促進、包装技術、総務、研究開発など色々な分野でイノベーションを行なった人材に対する表彰制度が機能している。個人の名声は、企業の名声である。いちばんの報酬は、栄誉とともに得られる、同僚や先輩後輩からの敬意と信望。成功者を認知することで、ビジョンも再確認される。
*出典 :「3M・未来を拓くイノベーション アーネスト・ガンドリング+賀川洋共著 講談社刊」より
“人事政策(人材マネジメント)の基本原則”
人こそ3Mにとって最も価値ある財産だ。社員は、3Mがそのゴールを達成するための最も大切な資源である。したがって、3Mのマネジメントは、以下のような組織構造と職場の雰囲気とを創造することが大切であると信じるものである。
1,個人の尊厳と価値を尊重すること。
フェアで、困難に挑戦でき、かつ客観的でおたがいに協力し合える職場環境を創造し、個々人が最高の仕事ができるような職場をつくる。個々人の権利を尊重し、社員同士がタイムリーでオープンなコミュニケーションができるように奨励する。スーパーバイザー(課長)とマネージャー(部長)は、彼らが管轄できる社員の業績をその成長に責任を持つ。
2,社員個々人が自ら自主性を発揮できるように積極的に対応する。
社員一人一人が創造的に働けるように、適切な指導をすると同時に、自由を与えていく。成長するためにはリスクをとり、イノベーションを行わなければならない。誠実かつ、おたがいに敬意を払いながら、リスクをとることを怠らず、常にイノベーションを実践するように奨励していく。
3,個人の能力を最大限に引き出し、伸ばしていく。
適切な人員配置、方向付けと人材育成を通じて、個人の能力を十分に発揮させる。人材育成の責任は、社員、スーパーバイザー、マネージャー、会社が共有する。
4,すべての人に公平な機会を与える。
成長のために機会を公平に与え、優れた実績には正当に報いる。客観的な基準によって実績を評価し、それに見合う報酬を与える。
*出典 :「3M・未来を拓くイノベーション アーネスト・ガンドリング+賀川洋共著 講談社刊」より
5:まとめ
ここまで、長いレポートにお付き合い頂きまして、ありがとうございます。
今回、個人的にずっと気になっていたビジョナリーカンパニーの一つである3Mを調べてみてわかったこと。それは企業理念の役割やその優先順位は、必ずしも一様ではないということでした。
従来の企業であれば、ミッションやビジョンを旗印に、コミュニケーションを組み立て、企業の文化や価値観を醸成していくケースがほとんどです。
しかし、3Mはビジョンによってイノベーションの重要性を定めた後は、形式にとらわれない施策やマネージメントによって、いかに日常的なイノベーションが起きやすい環境をつくれるか、ということに注力していました。
言葉だけでなく、環境や場づくりを通じて、イノベーションが起きやすい企業文化をつくる。これこそが3M独特のアプローチだと言えるでしょう。
そもそも失敗から始まり、我慢強く試行錯誤を繰り返してきた3Mでは、失敗のハードルが非常に低く、イノベーションのきっかけとなりうる個人のアイデアや挑戦に対しても寛容です。個の可能性を徹底的に信じ、マネージャーが忍耐強く見守り、組織が支援をしていくという企業文化がDNAレベルで刷り込まれているのです。
100年以上前の創業時点で生まれた企業文化が、歴代の社員によってチューニングされ続け、今もなお3Mの成長を支えている。1人のカリスマに頼るのではなく、文化づくりによって個の可能性を活かし、時代に適応しつづける3M。その差積化された圧倒的な底力を、改めて学ばせていただきました。
3M・未来を拓くイノベーション アーネスト・ガンドリング+賀川洋共著 講談社刊
100年成長企業のマネジメント 3Mに学ぶ戦略駆動力の経営 河合篤男 伊藤博之 山路直人 日本経済新聞出版社刊 3Mで学んだニューロマネジメント 大久保孝俊著 日経BP社刊
3M(スリーエム)の挑戦―創造性を経営する 野中郁次郎 清沢達夫 日本経済新聞社
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