東京都立大学:高尾義明教授に聞く「理念経営のすすめ」(前編)

近年、「理念」や「パーパス」を企業経営における軸に据えるべきであるという考え方が定着しつつあります。いずれも以前から存在した言葉ですが、なぜ今あらためて注目されているのでしょうか。また、現代に合った理念経営とはどのようなものなのでしょうか。

今回は、理念経営を長年研究されてきた東京都立大学大学院 経営学研究科長の高尾義明教授にお話を伺いました。 前編では、価値観や雇用形態が多様化する社会において、理念経営を進める際のポイントを中心にお伺いします。

【プロフィール】 

東京都立大学大学院 経営学研究科長 高尾義明教授

1967年生まれ、大阪市出身。京都大学教育学部にて教育社会学を専攻。卒業後、神戸製鋼所に就職し、経営企画セクションで4年間勤務。その後、京都大学大学院経済学研究科修士課程に入学。博士課程へ編入し、組織論研究に取り組む。私立大学勤務等を経て、20094月より現職。専門は経営組織論・組織行動論。著書に『はじめての経営組織論』(有斐閣)、『組織と自発性』(白桃書房)、『ジョブ・クラフティング』(白桃書房、共編著)など。

 

――近年、「理念」や「パーパス」を掲げる企業が増えたように思います。そうした経営をすることは、企業にとってどのような意義があるとお考えですか? 

「理念経営」とは、その名の通り理念やパーパスを経営の中心に置くという考え方です。以前は、主にグローバル展開をしている企業が、言語も価値観も異なる海外の従業員に対して、自分たちが大切にしていることを共有するという目的で理念を言語化していました。ところが、今や国内でも働くことへの価値観や雇用形態は多様化しています。そこに拍車をかけるように、コロナ禍ではリモートワークの導入も進みました。それによって社員全員が空間的に同じ職場で働くという従来の組織のあり方が崩れてきています。これまではわざわざ伝えずとも阿吽の呼吸で伝わっていたものが、伝わらなくなってきているのです。こうした環境の中で、会社として大事にしたい価値観をあらためて「理念」や「パーパス」として言語化するという流れは必然と言えるでしょう。

――理念経営をする上で、重要なポイントは何でしょうか?

 当然、言葉を置いただけで自然と理念通りの経営ができるわけではありません。組織の中にはさまざまな考え方の人がいます。その上で、自社の掲げる理念の意味や重要性を伝え、実務で行動に移してもらう必要があります。そのために、これまで以上に重要になってくるのが、インナーコミュニケーションです。インナーコミュニケーションによって社員に理念が浸透し、実践され、その価値が顧客に伝わる。そうした状態をつくれて、はじめて理念経営と言えるでしょう。

 ――理念を浸透させることは、業績アップにもつながるのでしょうか?

 直接的ではありませんが、たとえばエンゲージメントやモチベーションが上がったり、自分の役割を超えていこうという「役割外行動」が生まれるといったことは、学術的にもある程度証明されています。一方で、理念を実現することが会社の目的であるとするならば、そういった業績的なパフォーマンスへの影響だけでなく、会社の目的を果たしていくために理念を浸透させる必要がある、と考えることもできます。理念を手段として捉えるか、目的として捉えるか。それは経営者の考え方次第かと思います。どちらが正解か、ということはありません。

――ありがとうございます。次に、組織のカルチャーについてお伺いします。理念を実践、実現していくには、組織のカルチャーが大きな役割を果たすと考えているのですが、「カルチャーは醸成できる」という方もいれば、できないという方もいらっしゃいます。高尾教授はどのようにお考えでしょうか?

難しい問題ですが、組織のあり方によると思います。たとえば、欧米型の組織には「カルチャーに合う人だけを入れ、合わない人はバスから降りてもらう」という考え方があります。その場合、文化醸成の余地は広がります。一方で、伝統的な日本企業の多くは、カルチャーに合わない人であっても、会社に居続けることができます。その場合、文化醸成の余地は相対的に小さくなるでしょう。日本企業でもスタートアップやベンチャーであれば、自分たちの理念や価値観、カルチャーに合う人を採用して、その人たちだけでやっていこうということもできると思います。しかし、多くの日本企業はそうではない。このように組織のカルチャーに関しては、すべての企業に一律のモデルがあるわけではなく、自分たちの組織が持つ前提条件を踏まえた上で施策を検討することが重要です。

――今、伝統的な日本企業とスタートアップやベンチャーの話が出ましたが、日本のそういった企業のあり方や、あるいはそういった場で働くということに関して、今の学生や若い方々はどのように感じていると思われますか?

身近な学生を見ていると、これまでの伝統的な日本の雇用方法には、ピンときていないようですね。彼らは、会社に染まろうとは思っていない。企業と働き手の距離感や関係性が変化してきているのを感じます。これまでは時間と経済的報酬のギブ&テイクだけの関係性でも成り立ってきた節がありますが、これからは報酬としての「意味」が重要になってくるように思います。自らがその会社で働くことで、社会・顧客・自分自身にとってどのような意味があるのかが大切なのです。今後は、個人が会社に入っていくのではなく、まず、会社と個人の対等な関係があり、そこに経済的報酬や意味のやりとりが発生するような形になるのではないでしょうか。

――そういった学生の感覚なども踏まえると、今後企業はよりインクルーシブな経営が求められることになると思います。そういった時代において、理念経営とはどうあるべきだとお考えですか?

 まず大前提として、これだけ価値観や働き方が多様化している社会において、「均等な理念浸透」はないと考えた方がいいでしょう。理念経営はすべての企業に必要なものですが、それを適応する範囲は組織ごとに異なります。たとえば、対人ビジネスであれば顧客と接する人たちには必ず理念のコアを共有し、体現してもらう必要があります。一方で、たとえば工場のような仕事の大部分が熟練を必要とせず、ルーティン作業で成り立っている職場であれば、そこまで理念を浸透させる必要があるのか、というのはひとつ考えなければならない問いだと思います。もちろん、製造業で「カイゼン」を行うことが事業のコアバリューであれば、理念に沿って主体的に取り組んでもらうことが好ましい場合もあります。そうした場合には、理念浸透はルーティン作業にも効果を発揮するでしょう。一方で、未熟練者がいたとしても現場が回るような場合であれば、理念の共有コストが見合わないこともあり得ます。どこまでの理念浸透を目指すかは、経営層の判断になるかと思います。

 ――かつては「理念に対して同質的な組織」であることが重要で、理念の実現のために全員で同じ方向を向いて走れる組織が強いカルチャーだと考えられていたように思います。しかし、多様化がますます進み、それも難しくなってきているように感じます。こうした中で、理念はどのように機能すべきなのでしょうか?

 ヒントは「バリュー」にあると考えます。ここでいうバリューとは「提供価値」のことです。企業として「こういう価値を社会や顧客に提供していこう」というバリューが定めてあり、それを体現できていれば、その人は理念を共有、実践している状態であると言えるでしょう。このバリューさえ押さえることができていれば、その他の項目については実践の有無を問わないというあり方も考えられると思います。先述のとおり、均質・均等に理念が共有されることは現実的ではありません。社会や顧客に対して理念を通じたコミットをする点は譲れないが、それさえできているのであれば、その他の価値観が異なっていても認める。そのように理念経営のあり方も変わっていく必要があるのかもしれません。

 

前編では、多様化する社会における理念経営のあり方が見えてきました。後編では、実際に理念経営を導入する際に気をつけるべきポイントなど、より具体的な方法について伺っていきます。

<後編>はこちらからご覧ください。

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