近年リモートワークの導入が進み、今まで以上に「従業員が会社や組織をどう思っているか」が見えづらくなっています。従業員の仕事に対する認識、不平不満、その中に潜む課題に気づけないことも少なくありません。そこで今、注目されているのが「組織サーベイ」です。
従業員による会社や組織の評価を数値化するだけでなく、抱えている課題の抽出も可能な「組織サーベイ」とは、一体どのようなものなのか。この記事では、「組織サーベイ」が注目されている理由や目的別のサーベイの選び方、メリット・デメリット、導入までの手順などをご紹介していきます。
1:組織サーベイとは
1-1:なぜ今、組織サーベイか
従業員へのアンケートを通じて、モチベーションや企業理念の浸透度などを知り、課題の発見・解決につなげることができる組織サーベイ。近年、特にコロナ禍以降によく耳にするようになりましたが、その歴史は浅いものではなく、1950年代には既に「組織開発」や「人材開発」を目的として実践されていました。なぜ今、組織サーベイが再び注目されているのでしょうか。大きな理由として、以下の2点が考えられます。
①「人的資本経営」の世界的流行
今世界では、人的資本への投資は将来的な企業収益につながるとされ、SDGsと合わせて注目されているESG投資(Environment・Social・Governance)において社会(Social)の要素に位置付けられています。また、日本国内では高齢化社会による慢性的な人材不足により、一人ひとりの人材を最大限に活かすことが求められていることも背景にあります。
しかし、昨今は従業員の社会的背景や雇用形態などが多様化しており、昔に比べて一人ひとりの価値観が異なっています。そういった状況に対して何もせずにいると、価値観のズレが拡大し、やがて組織が崩壊してしまいます。そうならないためにも、サーベイを通して組織のコンディションを意識的に把握し、継続的なマネジメントを行うことでひとつのチームとしてまとめる必要性がでてきているのです。
②テクノロジーの進化により、組織の状態の「見える化」が可能に
従業員のエンゲージメントを向上させ、離職率を下げるためにAIなどの最新テクノロジーの活用や、HRテックの導入を試みる企業が近年増えていますが、中でも「組織や職場のコンディションを見える化」できるツールが組織サーベイです。サーベイの語源は「見晴らすこと」「俯瞰で全体を見渡すこと」であるように、データを収集することで、普段は見えない「人の心」の見える化が可能となります。従来の「勘と経験に基づくマネジメント」から「データに基づくマネジメント」に移行することで、より迅速で適切なマネジメントにつながります。
上記からもわかるように、サーベイとは調査で得られたデータをもとに、現場に適切なフィードバックをすることで、よりよい変化・改善を生み出していくためのツールなのです。
1-2:組織サーベイを導入する3大目的
サーベイを用いて「人の力」を最大限意味ある形で引き出すためには、複数あるサーベイの中から目的にあったものを選ぶ必要があります。ここでは、特に組織や人材に関わりの強い3つのタイプをご紹介します。
①従業員満足度(Employee Satisfaction)を測る「ES調査」
報酬・福利厚生・労働環境・人間関係などから、従業員の満足度を測る調査。現状の職場環境や具体的な施策、制度に対して、従業員がどう感じているかを可視化します。
②エンゲージメントを測る「エンゲージメント調査」
従業員が企業に対し、どれだけ愛着を持っているかを測る調査。ES調査が満足度を測るのに対し、エンゲージメントは従業員が「自発的に会社に貢献したいと思うか」を可視化します。
③理念浸透度を測る「理念浸透調査」
企業の理念や行動指針を従業員がどの程度理解し、共感、行動しているかを測る調査。掲げている理念に対し、どういった部分に共感しているのか(あるいは共感を得られていないのか)。どの段階でつまづいているのか、といったことを可視化します。
このほかにも、従業員のストレス状態を測り、メンタルヘルスの管理に活用するための「ストレスチェック」など、ひと口にサーベイと言ってもその内容は多岐にわたります。また、調査を行う間隔も2種類に分けられています。週に1回など、短期間反復型で簡単な調査を行うのは日本語で脈を意味する「パルス(Pulse)」から「パルスサーベイ」と呼ばれるのに対し、年に1回程度の頻度で時間をかけて行うものを「センサス」と呼びます。
2:組織サーベイのメリットとデメリット
ここまで、サーベイは目的別に適切なデータ収集が必要であることをご紹介してきました。では、実際に集めたデータを活用することでどのような効果が得られるのでしょうか。メリット・デメリット別に見ていきます。
2-1:メリット
①コレクション効果
もっとも注目すべきは、コレクション効果です。サーベイを通して職場に質問を投げかけ、データを集めるという行為自体が「人々が行動を変えるためのエネルギー」を生み出すというものです。例として、
質問:あなたの職場では、オープンにコミュニケーションができていますか?
潜在する指標 → 職場ではオープンにコミュニケーションするべきである。
このように、質問項目そのものが「従業員へのメッセージ」となり、行動を変える原動力となり得るのです。よって、質問項目をいい加減に設定してしまうとメッセージが的確に伝わらず、結果的に組織は変わりません。また、他社と同じ質問ばかりを用いると、他社と同じように変化していくため、質問を考える段階で吟味が必要です。
②フィードバック効果
フィードバック効果はその名の通り、データを組織に的確にフィードバックすることで、アウトプット(組織変革の成果)の質を高めることです。アウトプットを最大化しようと、ついついインプットの量(データ量)を増やそうとしてしまいがちですが、これには限界があります。そこで、サーベイを実施した後に、データのなかから「組織がいま必要としている情報」のインプットに注力します。するとインプットの質が高まり、狙った通りの成果を上げることができるでしょう。
フィードバック効果には、具体的に、「モチベーション機能」と「ディレクション機能」という2つの機能があります。
・モチベーション機能
人はフィードバックを与えられることで、与えられた情報と自己認識との間の「ズレ」を認識します。「ズレ」は多くの場合、「自分は何か間違いを犯しているのではないか? 勘違いしているのではないか?」など自己の内面へ不安を喚起します。そこで、その不安を解消しようという動機(モチベーション)が生まれます。これをモチベーション機能といいます。たとえばリーダーが自組織に対して、認識と現実のギャップを感じることで、変革へのモチベーションにつなげる、といったことを指しています。
・ディレクション機能
フィードバックされた情報は、「ヒントの山」です。明確に何を直すべきかまでは分からなくても、自らの行動を変えるうえで「何を試行錯誤すればいいか」という方向性が分かるようになっています。組織を変えていこう、というモチベーションが高まった上で、向かうべき方向の手がかりを見つけやすくするのが、このディレクション機能です。
③外在化効果
もう一つ重要な効果が、「外在化効果」です。職場の問題は「内在化」されやすく、問題の原因は組織ではなく個人にあると考えてしまう場面があります。これにより、個人に原因を求める姿勢が横行してしまうと、メンバー同士でお互いに攻撃し合うようになり、対話が不可能な状態となってしまいます。そこで客観的な「データ」を用いることで、問題を「外在化」させ、問題と個人を切り離す効果が生まれます。
この順序を踏むことで、データを通して問題を客観的に見つめることが可能となり、より建設的な話し合いが生まれます。
これらのメリットを活用することで、「リテンション(離職防止)」につながるだけでなく、「生産性の向上」や「ハラスメント防止」にもなるのです。
2-2:デメリット
一方で、サーベイを行うことによるデメリットもいくつか考えられます。具体的には、
①回答者に負担がかかる
例えば、パルスサーベイを頻回に行いすぎることで他の仕事をひっ迫し、非難や批判へとつながる可能性もあります。
②サーベイの分析に労力がかかる
自社で分析を行う場合にパワーを割ききれず、満足なフィードバックが行えなくなる場合があります。回答をした従業員は「聞かれたから声を上げたのに、結局どうなったのか?」と不信感をもつようになり、経営陣への不満につながりかねません。
③学習性無気力に陥る可能性がある
せっかくサーベイを行ってデータを収集しても、それを活かす場面がなければ従業員は「回答したけど何も改善されなかった」と感じてしまいます。それが何度も続くことで回答することに嫌気がさし、意図とは逆にどんどんと無気力になっていってしまいかねません。
サーベイはただ行うだけでは意味がなく、むしろ反感を招いてしまう可能性もあります。調査をするからには、きちんと結果とそれに基づいた改善アクションを示す必要があることを忘れないようにしましょう。
3:実践!組織サーベイ導入
意気込んでサーベイを導入したものの、失敗してしまう例も少なくありません。ここからは、「何が原因で失敗してしまうのか」、「どのように導入すればいいのか」、そして「導入の際の注意点」を見ていきましょう。
3-1:導入失敗あるある
サーベイを導入してみたものの、うまく運用できずに必要な情報が得られないばかりか、社内から反感を買ってしまっていることは少なくありません。なぜサーベイが失敗に終わってしまうのか、主な例を見てみましょう。
①サーベイの目的が不明確
何の目的のために、どのようなデータを取りたいのか。そこが明確にならない限り、質問項目を絞ることができません。総花的で、必要以上の項目を抱えてしまうことでデータ量は増えすぎ、結果、意味のないデータになりかねません。また、多すぎる質問項目はサーベイ自体への拒否反応を高める恐れもあります。
②サーベイの目的が担当者・管理者・経営者の間でズレている
本来であれば重要なサーベイのはずなのに、マネージャーが「例年通りの質問なので、ちゃっちゃと答えておいてください」なんて発言をしてしまえば、回答者側は本来の実施目的から逸れ、解答の精度が担保されない状況につながりかねません。またせっかくとったデータも、経営者にその意図が伝わっていなければ、そのデータが示唆する事実さえ見過ごされてしまう危険性があります。サーベイを導入する目的は、実施する側とされる側、報告する側とされる側のすべてにおいて一貫している必要があるのです。
③取ったあとのことを考えていない
やたらと質問を増やし、従業員が時間をかけて回答したものの、用途(いつ、誰が、どのように、何をするのか)が決まっていなければ、コストを割いたにもにかかわらず、誰からも見向きもされない無意味なデータになってしまいます。
3-2:絶対に失敗しないための組織サーベイ導入手順
サーベイは一度とってしまうと取り直しが効きません。だからこそ、一つひとつのステップを慎重、かつ、確実に踏んでいく必要があります。以下では、絶対に失敗しないための、組織サーベイ導入の手順をご紹介します。
①目的の明確化とすり合わせ
まずは、実施する背景から目的を明確にします。現在認識している課題や、課題に関する仮説を立てたうえでサーベイを実施することで、より本質的な課題が表出します。また、明確にした目的は必ず関係者(担当者・管理者・経営者)間で共有し、目線を合わせておきましょう。
②ツールの選定
課題と目的の設定が完了したら、サーベイの設計思想や設問項目、運用方法、操作性などを加味しながら、実際に使用するツールを選びましょう。
③実施
サーベイを実際に実施する際、より精度の高いデータを得るためにも従業員がサーベイを行う意味を理解し、納得して回答をしてもらう必要があります。そのために、重要なのが、目的・理由・必要性の説明をすることです。説明の際に重要となるのは、以下の5点です。
2.なぜ、今、サーベイを行うのか?
3.サーベイには、どのような負荷が生じるのか?
4.サーベイをやった先に、どんなメリットがあるのか?
5.サーベイで取得したデータは、どのように用いられるのか?
職場に関して問われる回答者は、誰しもが大なり小なりセンシティブになります。そのため、説明を怠ってしまうと拒否反応が起こってしまい、うわべだけの形骸化されたデータになってしまうので注意しましょう。また、それ以外にも、匿名にして本音で答えやすくしたり、回答完了までの期間に余裕を持たせるなどして、時間的・心理的負担を軽くするなど、従業員が回答しやすい環境をしっかりと整えることが重要です。
④分析
収集したデータを客観的に見て、課題の抽出や、問題解決の糸口を探します。さらに、新たな課題が見つかった場合には、次回のサーベイに活かしましょう。
⑤データ活用
最後に、必ず従業員にフィードバックを行います。組織長だけにフィードバックすることもあれば、全社に公開する場合もあります。いずれにしてもきちんと理解してもらうためには、徹底して相手本位を心がけ、わかりやすく伝えることが大切です。また、課題に対する施策とともに提示することで、より納得感が得られるでしょう。
4:目的別商品比較
実際にサーベイを導入するにあたり、重要になるのが「組織の目的に合ったサーベイを選ぶ」ということです。大きく分けると「会社独自のものをつくる」もしくは「市販されているものを使う」の二択となります。
会社独自でつくるメリットとしては、戦略に紐づいたベストなサーベイを自由に作成できることです。しかし、デメリットとしては質問の信頼性の問題や、データを分析する専門家が必要なことが挙げられます。一方で、市販されているサーベイは自由に作成はできませんが、問題の作成からデータの分析まで専門家が関わっていることが大きなメリットです。ここでは、より導入しやすい市販サーベイの代表的なものをいくつかご紹介します。
ES調査:『Great Place to Work®』
「働きがい」に関する調査・分析を世界約100ヶ国で実施している専門機関。中でも、一定の水準に達していると認められた会社や組織は、世界各国の有力メディアで発表する活動もしている。
エンゲージメント調査:『wevox』
(株)アトラエが提供するエンゲージメントサーベイ。定期的な間隔で、仕事や会社とのエンゲージメントを測定し、数値化。集計はリアルタイムに行われるので、回答後すぐの結果確認が可能。また、回答状況を確認し、未回答者への個別リマインドなどもできる。
エンゲージメント調査:『motivation cloud』
(株)リンクアンドモチベーションが提供する組織診断ツール。エンゲージメント調査により、組織の状態把握をし、改善項目の設定まで可能なクラウドサービス。 「期待度」と「満足度」を軸に、結果がマッピングされ、組織の弱みを可視化する。
理念浸透調査:『visions survey』
(株)パラドックスが提供する組織診断サーベイ。企業のビジョンと働く一人ひとりのビジョンの重なり具合=同志度という独自の指標を測定することで、企業と個人双方の自己実現を加速させる。その設問は、
①心理的基盤としての組織風土の状況を把握する設問
②叶え合う組織を実現するための鍵である「価値観・強み・ありたい姿」に関する設問
という2つの設問群で構成されており、組織における問題の所在を明らかにし、企業と個人が相互に叶え合う組織に向けて、有効な打ち手を考えることを可能にする。
まとめ
最後に、忘れてはいけないのは「サーベイは正解を教えてくれるわけではない」ということです。サーベイそのものやデータを取っただけでは、組織が変わることはありません。どのような組織を目指したいのかを明確にし、データを活用しながら絶えず施策を検討、実施することで、初めて変革の一歩へとつながるのです。ぜひ今回の記事を参考に、目的に沿った組織サーベイを導入し、自社のありたい姿への第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
「データと対話」で職場を変える技術 サーベイ・フィードバック入門 著者:中原 淳
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