理念に基づくブランディングで成功している5つの地方企業をご紹介!

先日、東京の人口がついに1400万人を突破した、なんてニュースが報じられました。首都直下型地震のリスクが報じられたり、移住ブームが起こったりする一方で、実情はまだまだ東京一極集中しがちなようです。

しかし、ですよ。コロナの影響で人々がリモートワークを行うようになり、「アレ?もう出勤って要らなくない?」「都心のオフィスで全員が働く必要ないんじゃない?」とちょっぴり論調が変わりつつあることも見逃せません。

移動は難しくなったものの、コミュニケーションや情報のやりとりはよりしやすくなり、物理的な距離は大した問題じゃなくなっていくかもしれないのです。東京以外を拠点にしたほうが、満員電車もないし、オフィスのコストも抑えられる。それに東京じゃあ、密が過ぎるんだもの。

そう、業界・業種、仕事内容にもよりますが、オフィスがあるのは東京、本社があるのは東京、成功している企業は東京、なんてこと、ホントはないはずなんですよね。実際、本社が東京じゃない有名企業って、じつはたくさんあります。

そういった企業は、マス広告をバンバンやって名前を売っているとは限りません。むしろ広告をほとんどやっていないのに、大規模な組織じゃないのに、不思議とファンがいて、知名度が高いところすらある。なぜなのでしょうか。

東京との物理的な距離や企業の規模とは関係なく、発信力を発揮している、東京以外を拠点とする企業。

今回スポットを当ててみたいのは、そういった企業が何を大切に、どういった発信を行っているかです。ブランディングの側面から、企業の特徴や各施策を考えていきましょう。

1:発信力の高い企業には、理念に基づくストーリーがある

結論から参りましょう。今回の記事で注目したい企業に共通するとパラドックスが考えているのは、以下2点です。

  • 東京との物理的距離を埋めるのは、企業の発信力。
  • 発信力とは、理念をストーリーとして伝えていくこと。

はい!この二つ!いったん、ピンとこなくても大丈夫。この章の中でもう少し解説させていただきます。

1-1:距離をハンデにしないのは、発信力

東京か否かといった2択を無効にしている、大きな要因のひとつに、企業やブランドの発信力の強さがあります。

自ら発信を行わず、誰にも知られていない企業であれば、たとえ東京の会社であったとて、規模の大きな会社であったとて、といったところです。

しかし逆に言えば、発信を行い、存在を知ってもらう力の強い企業であれば、会社の場所は関係ないのです。知られてさえいれば、好きになってもらってさえいれば、生活者は勝手に調べてくれるし来てくれる。

つまり、物理的な意味での“顧客との距離”を克服したい企業にとって、発信力を高めることは重要な課題です。

1-2:発信力の強さ=理念と体験をつなぐストーリーの強さ

では、発信力を高めるとはどういうことなのか。

それは、お金をかけて広告を撃ちまくることとは限りません(そうやって認知拡大、という方法もなくはないかもしれませんが…)。だって、いろんなコストを抑えられることが東京以外に拠点を置く大きなメリットなのに、広告費が莫大になったら意味がないですよね。

ここが、今日の結論その2発信力は、強い理念を核として、あらゆる施策や顧客の体験がその理念にきちんと紐付いて行われることで高まっていきます

そもそも理念がない企業であれば、どのような企業なのか、明確に知ってもらうことができません。理念があっても、顧客体験が理念とつながっていなければ、生活者にとって見える顔はバラバラになってしまいます。

ブランドを知るきっかけも、実際に利用したり購入したりする場面でも、何かイベントに参加することも、生活者にとっては、全てブランドを理解する体験なのです。理念とこれらの体験は、ひとつのストーリーでつなぐように、語られていなければなりません。

生活者との接点において、どの局面でも同じ理念、同じメッセージが見えること。そのたびに「こういう企業なんだ」と認識してもらうことが、企業の認知を広げたり、イメージをよりはっきり持ってもらえたりすることにつなげられます。

結論なので、もう1回!

・どんな施策も同じ理念をもとに貫かれていることが発信力を高める

・この発信を続けることで、より顧客に届きやすくなる

→東京の企業かどうかは関係なく、知ってもらうことができる!

さてここからは、具体的な企業とそこに掲げられている理念を見ながら、具体的に、それがいかに発信力を発揮しているかを見ていきましょう。

まず2章では、新興航空会社の中でも大きな成長を見せた福岡県・北九州市のスターフライヤー。注目ポイントは、その独自性を大切にした姿勢です。

3章でご紹介するのは、アウトドアやキャンプ製品で熱烈なファンを獲得している、新潟県・燕三条市のスノーピーク。

4章では日本にエールビールを広めた長野・県佐久市、ヤッホーブルーイング。よなよなエールや水曜日のネコなんかが有名ですね。

5章では、北海道・旭川市へ。2000年代に全く新しい動物園として登場した旭山動物園を見ていきます。

そして最後に6章では、エンターテインメントを結集させたテーマパークである、大阪府大阪市のユニバーサル・スタジオ・ジャパンについて。

今回は事例が盛りだくさんですね。さっそく2章以降、見ていきましょう。

2:徹底した“らしさ”の追求 スターフライヤー(福岡県・北九州)

出典:スターフライヤーブランドサイト(https://www.starflyer.jp/brand/)

西日本、とくに福岡県と東京都の間を行き来することのある方には、おなじみかもしれないスターフライヤー。

北九州に本社を置く企業です。真っ黒な機体がスタイリッシュで、シートは広めの革張り。でも料金はちょっとお手頃。2000年代には、新興の航空会社として注目を集めました。

新興の航空会社って、なかなか上手くはいかないもの。1990年代以降にできた航空会社は、経営が立ち行かず民事再生法が適用されている会社も少なくありません。

そんな中で、スターフライヤーはどのように、40万人以上の会員を獲得するまでの成長を重ねてきたのか?その秘密を見ていきましょう。

21:独自性を重んじる、スターフライヤーの理念

まずはスターフライヤーの企業理念を見てみましょう。

出典:スターフライヤーコーポレートサイト(https://www.starflyer.jp/starflyer/corporate/)

別に普通じゃない?と、思うでしょうか。他の航空会社と比較をしてみると、この理念の独自性がよりよくわかるかもしれません。ANAJALの理念と並べて見てみましょう。

こちらがANA。


出典:ANAコーポレートサイト(https://www.ana.co.jp/group/about-us/vision/)

こちらがJALです。

出典:JALコーポレートサイト(http://www.jal.com/ja/outline/philosophy.html)

安全、心、サービスに言及するような単語は、どの会社にも見られますよね。

一方。スターフライヤーが独特なのは、理念の中に、「個性」「創造性」「感動のあるエアライン」といった単語を取り入れています。未来や社会のためだったり、お客様へのホスピタリティや安全といったことだけではなく、自分たちがスターフライヤーらしくあることを、企業の第一義としておいている。比較すると、これってとても独特に見えませんか?

それもそのはず。スターフライヤーは、「どこにもない新しいコンセプトの航空会社をつくりたい」というのが、創業時の合言葉だったようです。つまり、スターフライヤーにとって個性的であることは超重要。だから理念にも組み込まれているんですね。

(とはいえ、理念の中では個性や創造性よりも先に「安全運行」が置かれていることにも注目しておきたいですね。航空会社であるからには、安全は何よりも最上位。スターフライヤー内では、安全は最も重要な顧客満足、という認識とされているようです。そのあたりも緻密に考えられた理念ですよね!とてもよくできていると思います!好き!)

スターフライヤーの理念にへぇ〜って思えましたか?思えましたね?

で、ここからが本題です。本記事のメインは、理念が一貫してブランディングやマーケティングなど、施策につながっているから発信力の強い企業になれるという話ですから。

次項からは、この理念がどのようにスターフライヤーの各取り組みにあらわれているのかを見ていきます。

22:機体や空間のデザインに現れるスターフライヤーらしさ

スターフライヤーと言われてパッと思いつく特徴といえば、その真っ黒な機体です。通常、航空機のデザインとして、黒塗りというのは使われません。

(当時、黒は太陽の熱を吸収しやすく、機体トラブルに繋がりやすいと懸念がされたからなんだって〜へぇ〜)

しかし、スターフライヤーの機体は創業当時から真っ黒。

これは理由が明確で、機体に関して「世界のどこにもないといま言えるのは真っ黒だ」ということだったようです。パッと見ると航空会社らしからぬ、デザインのもの。これらを採用した背景はもちろん、「他にないから」です。他がやっていないことをとことん追求することで、ありえないとされていた航空業界での真っ黒を採用し、スターフライヤーらしさが生まれていったとも言えそうです。

この「真っ黒」は、顧客が直接体験するところまで徹底して統一されています。革張りのシート、搭乗員の制服、空港カウンター、コーヒーの紙コップ、液晶モニター、ぜんぶ黒。接点をすべて、黒・高級感・他では見たことないにすることで、空港についてから目的地までのたった12時間の時間も、「スターフライヤーらしさ」を体験してもらうことができるんですね。

23:スターフライヤーらしい接客を、みんなが考える

スターフライヤーの接客には、基本的にマニュアルがありません。質の高いサービスを提供するためには、マニュアルが必要で、統一されていることが必要だと考えるのが普通なのに、なぜなのでしょうか。

それは従業員一人ひとりに、「スターフライヤーらしい接客」を考えてもらうことを大切にしているからです。マニュアルがないからこそ、従業員はみな、目の前のお客様ひとりがどうすれば喜んでくれるかを考える。

スターフライヤー独自でできることは何だろうか。スターフライヤーらしさとはなんだろうか。様々な人が、様々な方向から考えることで、そこには新たな「スターフライヤーらしさ」が生まれてくることが期待されているのではないでしょうか。

完全に個人任せで好き放題という意味ではありません。日々の接客での出来事、各従業員が実践して上手くいったことなどは、逐一従業員内で共有が行われます。完璧なひとつのマニュアルが存在するわけでなく、一人ひとりが集めた事例をたくさんみて、個々人が学んでいくというスタイルなんですね。

24:社長自らも靴磨きをする、他ではやっていないイベント

イベントやお客様へのサービスにも、他の航空会社がやっていないような企画をやろうとする姿勢は現れています。たとえば、元旦には北九州空港から出発し出雲の初日の出をみるイベント。ビジネスパーソンが多い時間帯に行う、靴磨きのサービス。

これらは「他ではやっていない」という考えに端を発していることもありますが、北九州という場所を生かしていたり、東京との路線=ビジネスパーソンが多い、といった特徴を活かした施策とも言えそうです。

ちなみに、靴磨きのサービスは社長自ら空港に立って靴磨きを行っているのだとか。そんな姿勢も、独自性をより強くするひとつの要素かもしれません。

25:すべての施策が、「他とは違う」がスタート

このように見ていくと、一見それぞれに行われている施策もすべてが、「他の航空会社がやっていないこと」に紐付き、こだわっていることがわかります。理念として掲げられている、個性や創造性が、すべての局面で現れているのです。

接点一つひとつは小さくても、その一つひとつに、「他ではこんなの、やってくれたことないよ!」という感動がある。だからこそ、「ANAやJALじゃなくてスターフライヤーにしよう」と選択をすることになる。大きな発信力を持つ企業となれるのではないでしょうか。

スターフライヤーのまとめ

・機体や機内、空港カウンター、コーヒーカップなどすべてのイメージが統一

・スターフライヤーらしい接客を一人ひとりが考えている

・他の会社ではやっていない&自分たちの特徴を活かしたイベント施策

 

→すべてが「独自性」を掲げる理念に紐付いている

お次!3章では、広告費をほとんどかけていないのに根強いファンがいることで高名な、スノーピークについて見ていきます。

3:熱烈顧客の売上が大半 スノーピーク(新潟県・燕三条市)

出典:スノーピークコーポレートサイト(https://www.snowpeak.co.jp/)

スノーピークというブランドをご存知でしょうか。普段キャンプをする方は、よく知っている名前かもしれませんね。

他のアウトドアブランドと比べると、ケタがひとつ異なるくらい、ちょっといい商品ばかりを取り扱うブランド。しかし一方で、昔から熱烈で離れない顧客の獲得に成功しているブランドです。

31:スノーピークのミッション・ステートメント The Snow Peak way

スノーピークには、30年以上掲げられ、コンパスでいうところの「真北の方角」として掲げられてきたミッション・ステートメントがあります。

(厳密にいうと2019年に改訂が行われています。少しグローバル要素の加わったものに変更されているものの、核とされているものは同じなので考え方としては一貫しています)

出典:スノーピークコーポレートサイト(https://www.snowpeak.co.jp/about/message/)

どうでしょう。

・一人一人の主体性
・自然志向のライフバリュー
・自らもユーザーであるという立場
・お互いが感動できる体験価値

たとえばこのあたりの考え方は、他の企業とはちょっと違いそうな。注目してみたいポイントです。

組織としての力を掲げるのではなく、一人一人の主体性を重視していること。ライフバリューってどんなことなのか。自らがユーザーであるという立場から考えることは、「お客様目線!」と何が異なるのか。「顧客満足」を狙うのではなくて、「お互いが感動」とするのはどういうことなのか。ミッション・ステートメントをちょっと読んだだけでも、こんな疑問が湧いてきます。くるよね?

(余談ですが、こうやって「これはどういうことなんだろう」と思わせてくれる理念って、他とちょっと違ったことを言っている感じがあっていいですよね。説明不足や不親切ってことでもなく、気になるなと思わせてくれるのがとても上手だなと思いました)

実際これらは、どのようにスノーピークの施策として体現されているのか。次から一つひとつ見てみましょう。

32:製品の保証期間がない

何か製品を購入した際にはよく、「保証書」というものがついてきて、保証期間が示されています。1年以内の故障は無料で修理・交換しますよ〜、ってアレですね。スノーピークの製品には、アレがありません。

もちろんそれは、製品が壊れても知りませんなんてことではなく。その逆です。スノーピークの製品は、永久保証だからなのです。

これはスノーピークの「自らがユーザーである」という考え方が生きているから。スノーピークの山井太会長(執筆時は社長)は著書である『スノーピーク 「好きなことだけ!」を仕事にする経営』(2014)の中で、永久保証についてこんなふうに説明しています。

私がユーザーとしてアウトドア製品を使うとき、「嫌だな」と感じるケースは大きく分けて2つある。1つは製品が壊れること。もう1つは使い勝手が悪いこと。そして、ユーザー目線に立って「そんなものづくりはしない」と決めている。(中略)「永久保証付きだ」と短い言葉で完結に表現したほうが顧客にとって分かりやすい。

『スノーピーク 「好きなことだけ!」を仕事にする経営』(2014) 

山井会長は、ブランドのトップであると同時に、自身が年間60泊キャンプをするほど、ライフスタイルにアウトドアが馴染んでいる方。自分が使う立場で考えられるからこそ、いいと思うものをつくる。嫌だと思うことはやらない。そんな姿勢を徹底することができるんですね。そのひとつの表れが、製品の永久保証というわけ。

スノーピークの社員の方々も、それぞれが入社前からアウトドアを好きであり続けてきた方ばかり。だからこそ、競合他社の研究はしないともいい切っていて、独自の視点からファンの「本当に欲しい物」がつくれる。なぜならユーザーでもある自分が本当に欲しい物をつくっているから。

永久保証の施策を見てもそうですが、製品開発や店舗開発など、様々なことに「自らがユーザーである」という視点は生かされていそうです。

33:「お互い」の体験の重要視

スノーピークの理念には「お互いが感動できる」という文言があるのですが、「お客様の感動」ではなく、「お互いの感動」であるのが注目したい点です。

スノーピークは、98年からスノーピークウェイと呼ばれるユーザーが参加できるキャンプのイベントを開催しています。これは、お客様のおもてなしをしたり感謝したりするイベントではありません。

ユーザーも、スノーピークの社員も、社長も、みんなで一緒になってキャンプをするだけのイベント。だから、その場で商品の即売会をやったりもしないんですね。本当にただキャンプなんです。

ただし、ただキャンプをするなかで、ユーザーの生の声を聞けたり、逆に社員個人が自腹でどんな商品を買ってどう使っているかユーザーに知ってもらえたりする、かなりリアルな双方を知るイベントなんですよね。

そこでは、みんながキャンプを楽しみつつ、みんなが未来の商品づくりに参加してるともいえる。そこで生まれた意見やアイデアから、もっといい商品が生まれると。だから、「お互い」の視点をもつことは、スノーピークにとって大切なんですね。ただ楽しいイベントを提供しているだけではなく、お互いの感動を大切にするからこと生まれるものがあるわけです。

34:スノーピークブランド=燕三条ブランドになれる

さて、「東京以外を拠点にすることがハンデにならない企業」としてここまで紹介してきましたが、ここでちょこっとだけ脱線します。

反対にその地域にあることを上手く強みにしている例として、スノーピークのご紹介をしたいのです。これは直接理念に記載されてはいないのですが、「グローカル」というキーワードとして、スノーピーク内で重視されている考え方です。

スノーピークの開発力・商品力は、本社が新潟の燕三条にあることそのものに、じつは大きな意味があります。なぜなら、燕三条は元々、金物の街だから。包丁やキッチンバサミなどを購入した経験がある方もいらっしゃるのでは? 質の高い材料や技術が街に集まっている場所なのです。

キャンプ用品にとって、金物の力は大きい。テントを支える丈夫なペグなんかがわかりやすいですね。スノーピークのテントのペグは、アスファルトにもさせるくらいのとても丈夫なものが採用されています。

こういった質の高いものを使えるから、商品力が高まる。「永久補償」を掲げられるのも、修理や取替えをスピーディーに行えるバックグラウンドがあるからなんですね。だって、街全体で取り組めるからです。

スノーピークは単体の企業としてではなく、周りの企業や地域と連携しながら成長をしている。地域経済の活性化に貢献したり、刺激になったりしているんですね。そうやって地元に協力してくれる仲間が増える。

これが、スノーピークの掲げている「グローカル」。その地域にあるということを強みにも変えられる、というお話でした。

35:理念は何をやるかを縛らない

たまに、「理念や行動指針を明確に掲げるとそれが従業員や事業を縛り付けてしまうのではないか」と懸念されている方がいらっしゃいますが、そんなことはありません。むしろ全く逆で、理念があるからこそ自由な発想を可能にすることがあるのだとパラドックスでは考えています。

なぜなら、理念と方向性だけあっていれば何をやってもいいのですから。闇雲にアイデアを出すよりも、ずっと簡単で、自由じゃないでしょうか。スノーピークの理念からも、それは読み取ることができます。

スノーピークはアウトドア用品、キャンプ用品のブランドのイメージが強いですが、そんな単語は理念にひとつも組み込まれていません。要するに、アウトドアやキャンプの会社とは限らないときちんと表明しているんですね。

スノーピークのスローガンを見てみましょう。「人生に、野遊びを」と掲げられています。人生にアウトドアを、でも、人生にキャンプをでもありません。野遊び。要するに、人間と自然をつなぐためのことなら、なんでもビジネスにしていく、という表明がはっきりなされています。

先にご紹介した山井会長の著書内でも、「山でキャンプじゃなく、都会の公園でチーズフォンデュをするための道具もつくっていきたい」という話がされています。人と自然をつなぐために、他に何ができるだろうか?と考えるから、キャンプに縛られずに新しいビジネス領域やブランドのラインを考えることも、もっと自由に可能になってくることを教えてくれますよね。

36:一見バラバラの施策も、すべてが理念にかえる

どうでしょう。様々な取り組みや施策を行い、幅広い領域で顧客を獲得しているように見えるスノーピークも、本当は理念やスローガンに基づき、一貫した姿勢をみせていることがわかりました。

スノーピークのまとめ

・自分自身がユーザーだから高い商品開発力

・お互いの感動を生むイベントが、みんなで商品をつくる場

・その土地であることに意味を見出す「グローカル」

・理念があるから、自由な発想になれる

 

→これらが掲げられた理念やスローガンと一貫している!

さてさて。次に、長野は軽井沢!クラフトビールシェアNo1を誇るヤッホーブルーイングのご紹介です。

4:クラフトビールでシェア ヤッホーブルーイング(長野県・佐久市)

出典:ヤッホーブルーイングコーポレートサイト(https://yohobrewing.com/)

日本のビールのシェア、気にしたことはありますか。これがちょっと驚くべき数字で、4つの大手メーカー(パッと思い浮かぶ、あのあたり)で全体の98%を占めるんです。次いで、オリオンビールが1%。残りの1%に、その他のビールがひしめき合っています。

その1%の中で、クラフトビールのシェアNo.1を誇るのが、ヤッホーブルーイング。よなよなエールをスーパーやコンビニエンスストアで目にしたことのある人も、多いのではないでしょうか。

大手メーカーが圧倒的に強い中で、どんな成長の理由があったのか。ヤッホーブルーイングの理念やターゲットの考え方を紐解いていきます。

41:ヤッホーブルーイングの理念

出典:ヤッホーブルーイング採用サイト(https://yohobrewing.com/recruit/mission/index.html)

2020年のいまでこそ、ちょっと大きめのスーパーや酒屋さんに行けば様々な種類のビールを手に取ることもできるようになりましたが、ほんの20〜30年前は、日本のビールはほぼ1種類でした。「ラガー」という種類のビールです。

そこへ、「エール」というタイプのビールを、日本でメジャーにしていこうとしたのがヤッホーブルーイングです。

すごくざっくりいうと、ラガーは飲み口やのどごしを楽しむビールで、エールは香りや味を楽しむビールだと考えてください。

エール系のビールをつくる。つまり、それまでの日本ではあまり重視されていなかったビールの香りや味といった新しい幸せをつくる。これがヤッホーブルーイングの理念です。

だから「ビールに味を」と言っているし、そんな知らなかった楽しみ方に触れるのが新たな「人生に幸せを」ということなんですね。美味しいビールをつくろうとしているだけではなく、まったく新しいビールの選択肢を提示しています。

これを「ビールを創出する」と謳っているんです。

(「どこより美味しいビールをつくるぞ」って言うブランドも職人感があって素敵ですが、そもそも全く新しく、「ビールの文化からつくるぞ!」っていうのは、既存の世界をぶっ壊しにいっている感じがしていいですよね!この考え方だけですでに強い顧客が獲得できそうです!好き!)

ヤッホーブルーイングはそもそも主要ビールブランドを追いかける形で勝負をしていない、ということがわかりましたか?わかりましたね?わかった!よぅし!

では、具体的な施策について見ていきましょう。

42:「知的な変わり者」という明確な顧客像の設定

理念とともに、注目しておきたいのが、ヤッホーブルーイングの掲げる「知的な変わり者」というキーワード。これは、どのような人にヤッホーブルーイングの商品を届けたいかを言語化した顧客像であり、どんな姿勢で働くべきかの従業員像でもあります。

知的、かつ、変わり者。つまりシェア98%のビールたちと戦うつもりはあっても、同じビールで戦うつもりはないんですよね。

変わり者じゃない、普通のものを求める人は、大手のビールを飲んでくださいね、って、いい切っちゃってるんです。他のビールじゃなくて、わざわざコンビニで売ってなくてちょっと高いよなよなエールを買うような「変わり者」がターゲットだと、宣言している。100人に1人そういう人がいればその人にビールをつくる、という姿勢を打ち出しているんです。

自分たちにとっての理想の顧客(ブランドパートナー)を明確にするのはとても大切なことです。その人に向けた商品を届け、ブランドを愛してもらうパートナーになってもらうことができれば、パートナーがまた新たな顧客を連れてきてくれるから。

このように短くわかりやすいな顧客像を設定することで、商品開発や施策などもより明確なものとしていくことができます。

43:ターゲットから始まる商品開発

ヤッホーブルーイングの考える顧客が「知的な変わり者」と非常に明確にされていることは42章でお話しました。さらに彼らは、各商品の開発においても、かなりターゲットを絞り込み、分析をした上での開発を行っています。

闇雲に、「ひとりでも多くの人に買ってほしい!」みたいなことは決して行わない。ほしいと思ってくれる人に狙って届けることの大切さをとてもよくわかっているんですよね。

わかりやすいところで言えば、水曜日のネコは女性向け。僕ビール君ビールは、ビールを普段飲まない若者向けに開発されたものだと言われています。

たとえば水曜日のネコなら、「女性向け」のビールをつくると決めてから、都心に住んでいる30代くらいの女性を想定し、徹底したマーケティングを行う。彼女たちは、普段ビールあまり飲まないけど、週の真ん中くらいに中休み的な感覚で、自宅で度数の低いお酒をちょっとひとりで飲むといった特徴を発見するわけです。それに合わせて、度数が低くてフルーティで癒やしを得られるビールをつくろうと決める。そこでできたのが、水曜日の猫。週の真ん中の癒やし、というのが、「水曜日」の「猫」なんですね。

(ネーミングもとっても考えられてますよね!しゅごい!)

ところで、「誰が飲むか」から出発している点を考えると、「知的な変わり者」と明確に顧客を定義しているヤッホーブルーイングは、「自分自身がユーザー」とするマーケティングをしないスノーピークとは対照的であることにも注目したいです。どちらが正しいとかではないが、どちらも一貫しているから明確に届けたい人に届くというのは覚えておいてもいいかもしれません。

44:顧客のストーリーを、想像しやすい形にする

よなよなエールに関して、人気の起爆剤となったのは、楽天市場での販売。スーパーなどで簡単に変えるわけではないけれど、オンラインでは全国どこにいても手に入ることが特徴でした。

その中で、ヤッホーブルーイングに工夫があったのは、メルマガです。商品に関してのおすすめ情報などがダイレクトメールで届くものですね。そのメルマガ内で、商品購入までのストーリーをつくるのが、ヤッホーブルーイングは非常に上手でした。

『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』の中で紹介されているのが、父の日ギフトセットが爆発的に売れたエピソードです。

父の日のプレゼントは、「誰でも飲んだことあるものじゃつまらない」でも「プレゼントだからがっかりされたくない」という視点で選ばれる。父親だから、ある程度珍しいものでも冒険できるんですね。関係性の近い人が送るから、「これはこんないいところのある商品なんだよ」と語ることもできる。

これは「無難なもの」が選ばれる、お中元やお歳暮ギフトとの大きな違いです。

上記のような、人々の潜在的なニーズにヤッホーブルーイングのギフトセットはピタリと合致したし、そう思わせてくれるメルマガが上手だったのではないでしょうか。

去年とは違う、他とは違うものがほしい。でも奇抜なものは嫌だ。商品にちょっと語れるバックグラウンドがほしい。そんな人の気持ちをきちんと一連の体験としてつなげてあげられているんですよね。

45:メーカーも顧客も一緒にビール好き、になれるイベント「超宴」

ヤッホーブルーイングも、リアルなイベントを施策として実施しています。要は、ヤッホーブルーイングの社員と顧客が一緒にビールを飲むイベント。その名も「超宴」。

ポイントは、「ファン感謝イベント」とか「接待」とかじゃないことだと思います。従業員と顧客が「一緒に」お酒を愉しむし、顧客同士が友達になったりもする。あくまで「ビールを愛する仲間」としてのスタンスで開催されるイベントなのです。

もちろん、楽しいだけじゃなく、リアルにブランドについてどう思っているか生の声を聞ける場としても機能していますね。このあたりはスノーピークのイベント施策とも通じるものがありそうです。

ビールをそれぞれで購入して楽しむ体験と、もう一方、同じ趣味嗜好の人と「一緒に」楽しむ体験をブランド側が用意する。いろんな角度から、商品の楽しい体験を増やしていっていることが伺えます。ただ家で缶ビールを飲むだけがビールじゃない、というのがヤッホーブルーイングの掲げる、「ビールの幸せ」ということなんですね。

46:一貫したビール文化の創出

ここまで見てきたように、ヤッホーブルーイングがつくっているのは、ビールではなく、ビールの新しい文化。届ける相手を明確にすることで、より強い商品力や企画力を発揮していることもわかりました。

ヤッホーブルーイングのまとめ

・顧客像を「知的な変わり者」として明確にしている

・商品開発もターゲットありき

・商品を買うまでのストーリーを上手につなげてあげている

・イベント施策においても、多様なビールの楽しみ方を提示している

 

→新しいビール文化をつくろうと掲げる理念と一貫している

5:新しい動物園の創造 旭山動物園(北海道・旭川)

出典:旭山動物園公式HP(https://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/asahiyamazoo/index.html)

5章、6章は少々ライトに。動物園とテーマパークの事例を見ていきましょう。

旭山動物園は、2000年代に様々なメディアで取り上げられるようになり、一躍有名になった観光地です。人気を博したポイントは、当時の「動物園らしくない」ところではないでしょうか。

動物園なんて動物の展示だからどこも同じでは?なんて思うなかれ。その凄さを、一緒に見ていきましょう。

51:旭山動物園のコンセプト

出典:旭山動物園公式HP(https://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/asahiyamazoo/activities/p008582.html)

「理念」として掲げられているものではないですが、コンセプトとしては、「命の輝き」「動物を知る、学ぶとうことの重視」が掲げられています。教育や学問的な視点からの動物を考えることがかなり重視されていることがわかりますよね。

旭山動物園が画期的だったのは、ここです。

ただ檻に入れられた動物の姿を晒しているだけでは、意味がないことを表明しているのです。動物がどんな行動をして、どんな特徴を持っているかを見せようとしている。多様性や生態を感じてもらうことを重要視しています。

だから、かれらが行っているのが、「行動展示」という手法です。

どんなふうに、道具を使うか。その場所で、どう行動するか。その動物ならではの動きが見える展示方法が徹底して考えられています。

52:動物を「知る」ことから考える「行動展示」

以前は、動物園といえば、見世物小屋に近いものでした。つまり、「珍しい動物!わーすごい!」で終わりです。

それぞれの動物に関して、「どんな動物なんだろう」と考えられることはなかったんですよね。そこから、動物とはなんだろうと、そのものを知る場所にしようとしたのが旭山動物園です。

そしてせっかく動物がいるのだから、長々と説明するなんてしなくていいとしたのが、アイデアでした。それぞれの動物の特徴がもっともよく現れる環境がつくれれば、そこで行動する動物そのものが展示になる、という考え方で、動物園をつくりかえたわけです。

53:展示は各飼育員のアイデアでつくる

行動展示というコンセプトに基づけば、それぞれの動物で見せ方が違うのは当然。つまり、動物園全体で見せ方を統一する必要はまったくないんですよね。

(コンセプトって統一するためのものだけど、統一しないと決めるのもコンセプトってのが面白いですね!)

その動物を一番よく知っている人が、その動物の見せ方を考えることが重要視されました。つまり担当飼育員がそれぞれの展示を企画をしました。それぞれの飼育員が、その動物にとってよりよい形を考える。トップダウンで実行したものでないからこそ、それぞれの動物にとってのベストが実現され、顧客の体験もより満足度の高いものとなっているんですね。

6:映画のテーマパークから、エンターテインメントのテーマパークへ ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(大阪府・大阪市)

出典:ユニバーサルスタジオジャパン公式HP(https://www.usj.co.jp/web/ja/jp/attractions/waterworld)

いまやTDRとならび日本を代表するテーマパークであるUSJ2010年代に売上のV字回復を果たしたことでも知られていますね。

どのようなビジョンを掲げて、新たなスタートを切り売り上げの回復をはかったのかまでぜひ注目したいところです。

61:エンターテインメントを掲げる、USJのビジョン


出典:合同会社ユー・エス・ジェイコーポレートサイト(https://www.usj.co.jp/company/)

USJといえば、映画をテーマにしたテーマパークというイメージが以前は色濃くありました。しかし2010年前後には売上の低下を経験し、大きく方針を変えています。

ビジョンを見てみましょう。そう、どこにも映画とは書いていないのです。エンターテインメントのリーディングカンパニーとしている。映画好きな人だけでなく、より多くの人により上質なエンターテイメントを届ける。このビジョンの転換が、USJにおけるV字回復には大きな意味をもたらしたと言われています。

62:幅広いエンターテイメントのテーマパークとして

もう少し詳しく見ていきましょう。USJより多くの人を顧客として獲得すべく、より広くエンターテイメントの幅を広げました。たとえば、進撃の巨人、きゃりーぱみゅぱみゅ、バイオハザード、エヴァンゲリオンなど、USJにあるアトラクションやイベントの題材は実に多彩です。

以前は映画しばりにすることで、勝手にターゲットを狭めていました。そこから、広くいろんな興味を持つ人に来てもらえる場とすることを狙って方向転換。映画に興味がなくてもバイオハザードが好きかもしれないし、きゃりーぱみゅぱみゅに興味がなくても、進撃の巨人が好きかもしれません。そうやって、つねにどこかが誰かのフックになるような、幅広いエンタメを提供するテーマパークとなったのです。

このようにターゲットをどこに設定するかで施策を考えるのは、じつは大切なこと。自分たちのブランドにとって誰がパートナーかを考えることで、新しく見えてくるものがあるのだと教えてくれる事例ですね。

7:まとめ

長丁場!お疲れさまでした。

大小幅はありつつも、6つの事例で理念と施策・体験の一貫性をみてきました。大事なポイント2点。パラドックスとして強調したい点を、最後にもう一度振り返りましょう。

発信力のある企業になるために大切なこと

・どんな施策も同じ理念をもとに貫かれていることが発信力を高める

・この発信を続けることで、より顧客に届きやすくなる

→東京の企業かどうかは関係なく、知ってもらうことができる!

理念が一貫していることは大切ですが、これは逆に言うなら、何か施策を行うときには理念に立ち返ればヒントがある、とも考えられそうです。

たとえば、どんな顧客に向けてビジネスを行うのかと考えたとき、スノーピークは自分たち自身だと定義していたし、ヤッホーブルーイングは「知的な変わり者」という言葉を用意していました。あるいはユニバーサル・スタジオ・ジャパンなら、映画好きに限らない、と顧客の幅を広げたことが功を奏しています。

プロモーションひとつ、新商品ひとつ、考案していくときもきっと同じことが言えるはず。自分たちのブランドにとって、大切なことは何だろうかと、理念に立ち返ることで迷いは少なくなっていくのではないでしょうか。

そしてもちろん、理念と施策・体験の一貫性は、どこに拠点がある企業にとっても大切であることは変わりません。東京の大企業だろうと、東京じゃない企業、中小企業でも、同じことです。ただ、このポイントをきちんと抑えている企業って、じつは少ないのではないかと思うのです。

だからこそ、顧客との物理的距離を縮めたいと思う企業や、マス広告をバンバンやるわけには行かない企業にとって、ここを正確に押さえるのは、まず実践できるブランディングのポイントとなるはず。

小さなことに見えても、理念と施策・体験の一貫性を丁寧にストーリーでつないでいくことで、ハンデを無効にし、よりよいブランドをつくっていくことが可能になるのではないでしょうか。

 

この記事で参考にした書籍など

・『スターフライヤー 漆黒の翼、感動を載せて ―小さなエアラインの大きな挑戦』
株式会社スターフライヤー ダイヤモンド社 2014

・『スノーピーク 「好きなことだけ!」を仕事にする経営』
山井太 日経BP社 2014

・『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』
井手直行 東洋経済 2016

・『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 成功を引き寄せるマーケティング入門』
森岡毅 角川書店 2016

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