経営にとって大切な二つ要素である、事業と人材。優れた企業ほど、この二つを絶妙なバランスで、行ったり来たりしながら、経営しているケースをよく目にします。
優れた商品やビジネスモデルがあったとしても、実際にそのビジネスを世の中に提供したり、改善したりするためには、優れた人材、そして人材が育つ環境が必要です。
つまり、顧客満足(以下CS)を高めるためには、優秀な人材を採用・育成し、活躍してもらうための従業員満足(以下ES)の向上にも目を向けなければいけません。CSとESは、振り子人形のようなもので、昨今では、事業の成長と人・組織の成長をセットで考えることも注目されています。
これまでは、どちらかというとCSを重視してきた企業でも、サーベイなどのツールを用いて、ES調査などを行う企業も増えているようです。
最近では、「NPS(ネットプロモータースコア)」という指標を使い、顧客が自分たちを他社に紹介したいかを数値化し経営指標にする動きがありますが、その裏側で従業員に向けても「eNPS(エンプロイーネットプロモータースコア)」と呼ばれる指標を用い、働く環境として自社を知人にどのくらい勧めたいかを図っている企業も出てきています。
ただ、一つ注意して欲しいのは、「これからはES向上に注力すべきだ!」……と闇雲にES向上だけに力を入れても効果がないだけでなく、逆に組織が内向きになってしまうという落とし穴があります。
今回は記事を前編・後編に分け、前編ではCSとESの両方を意識することが大切であることをご紹介し、後編ではさらに発展的な内容として、ESとCSがそれぞれ企業のカルチャーモデル・ビジネスモデルに関係していることをご紹介していきます。
企業と顧客や市場といった社外をつなぐ商品・事業・ビジネスと、企業の社内を構成する人・組織・文化。これら社内外2つの要素に取り組むことの重要性について、一緒に考えてみましょう。
1:CSとは?ESとは?
最初に、CSとES、それぞれの定義に関して、改めてご紹介します。さらに、どちらも企業理念を起点に、社内外の二方向に向けて、作られていくという構造もお伝えしたいと思います。
1-1:CSは、企業のバリューに紐づく
まず、CSから始めましょう。CSとは、Customer Satisfactionの略。つまり、顧客満足のことです。商品そのものの良し悪しだけでなく、顧客が商品やブランド、企業に対して、どれくらい満足しているかに注目した指標のことです。
たとえば、フランス料理店で例えれば、料理自体の味が美味しい/美味しくない=CSではありません。料理の味はもちろん最も重要な要素ですが、お店の雰囲気や接客、価格、立地など、様々な要素がかけ合わさることで、顧客が料理店に対して抱く満足度が変わります。
難しいところ(面白いところ?)は、オーナーが頑固だったり、提供スピードが遅い、店が狭い、予約ができないなど、必ずしも顧客にとって快適で便利とは言えないような要素も、商品などの組み合わせによっては、顧客満足度の向上に繋がる場合もあります。
つまり、本当のCSとは、一般化できる部分だけでなく、その企業独自のらしさと紐づいているかも大事なポイントになってくるわけです。
CSは、一般的に企業理念の中ではバリュー(約束する価値)と深く関係します。バリューに基づいて、企業らしさを真の顧客に対して、正しい価値提供ができていれば、顧客の満足度は、高くなると考えると想像しやすいと思います。
企業理念やミッション・ビジョン・バリューについて詳しく知りたい方はこちらの記事も!
1-2:ESは、企業のスピリット・クレドに紐づく
CSと対になる概念がESです。Employee Satisfactionの略で、従業員満足度のことを表します。
再び、フランス料理店に戻りますが、CSが料理の味だけで決まらないように、ESも影響する要素は様々にあります。
一般的に従業員の労働に対する対価といえば、給与ですよね。しかし、給与は大きな要素であることは間違いありませんが、それだけではESが決定するとはいえません。
転職市場を見ていると、多様な選択肢があるにもかかわらず、給与が下がっても転職をする人々が多く見られます。
そのような人たちの多くが仕事内容や仕事の意義・やりがい、人間関係、職場での人間関係や企業文化といった、金銭的報酬以外の要素に価値を見出し、転職をしています。
このように、ESもまた様々な要素によって、構成されていくのです。
2:ESが注目され始めた理由とは?
CSは以前からよく聞いていましたが、ESという言葉をよく聞くようになったのは比較的最近……という方も多いのではないでしょうか。
企業が、お客様の満足だけではなく、従業員の満足も必要だと考えるようになったのは、たとえば以下のような背景があります。
“ESが注目され始めた背景”
・労働力不足
・従業員の価値観や背景の多様化
・ウェルビーイングの重要性
・サーベイ等の測定ツールの充実
端的に言えば、少子高齢社会になって、労働力不足が懸念されている現在。優秀な人材の確保が企業の生命線になります。
だからこそ、優秀な人材に入社してもらい、活躍しつづけてもらうには、従業員の満足度をより意識することが必要になってきました。
また、従業員一人ひとりの幸福だったり価値観、背景を大切にしようという動きも世界的に広まっています。
新卒一括大量採用をして同じような教育、同じような企業文化で、「頑張ることでなんとかする」、年功序列、終身雇用(という、言ってしまえば昭和な日本の成功モデル)のような形では限界が来てしまった、と企業は気づき始めているのです。
多様な人材がいるから多様なアイデアが生まれる、人を大切にするから企業も従業員から大切に思われる。そういう循環を生んでいくために、従業員の満足は大切なのではと考えられるようになってきました。
別のアプローチとして、「ヒト・モノ・カネ」という経営資本を考えた時に、ヒトほど、良い意味でも、悪い意味でも、短期間で価値が変化するものはありません。
例えば、今日時給10,000円分くらいの働きを見せていた人が、理不尽な扱いを受けたことがきっかけで、明日は時給800円分くらいの働きしか見せないかもしれない……なんてことが日々起こり得るのです。
経営においてヒトは、リスクでもあり、のびしろでもあるのです。
そのように考えると、ヒトが生み出す価値を向上させるためには、従業員向けの手厚いケアや施策に企業が取り組むことも当然ともいえます。
さらに、このような従業員満足度をはかる方法が世の中に増えてきたことも注目のきっかけではあるでしょう。社内のアンケート、サーベイサービスなど、利用できるサービスがいくつも生まれています。
3:理念体系から紐解くCSとES
さて、ここまででCSとESの定義が何となく理解できたのではないでしょうか。
ではここからは、CSとESの関係性についてみていきましょう。ポイントは、企業理念体系と照らし合わせ、俯瞰して経営を見るということです。
3-1:理念体系図におけるバリューとスピリット・クレドの役割
なぜCSとESはどちらも大切で、相互に影響し合うのか。それは、1章でも紹介したように、企業理念体型においてバリューがCSと紐づくこと、スピリット・クレドがESに紐づくことを考えると納得しやすくなります。
バリュー(約束する価値)も、スピリット(精神)・クレド(行動指針)も、企業のミッションやビジョンを実現するために必要な要素です。
ミッション・ビジョンを顧客や市場に提供できる価値として言語化したものがバリュー。ミッション・ビジョンを軸に、顧客・市場にバリューを提供し続けるために組織・個人の日々の行動や大事にすべき価値観を言語化したものが、スピリット・クレドです。
3-2:バリューとCS、スピリット・クレドとESの関係性
改めて理念体系におけるバリューとスピリット・クレドの役割を説明しました。次は、CSとバリュー、ESとスピリット・クレドの関係性に進みます。
そもそもCSとは、どうすれば生まれるかを考えた際に以下の3つのポイントがあるように思います。
1、自社や自社ブランドが持つミッション・ビジョンが明確か。
2、ミッションビジョン届けるべき相手が正しいか。
3、正しいターゲットが望む正しい価値を提供できているか。
まず、1の自社・自社ブランドの提供価値を自分たちが理解した上で、次に大事なのは、2の自社独自の提供価値を熱望する顧客がターゲットになっているかです。
そもそも、ターゲットが自社ブランドに共感していない的外れなターゲットであれば、一般的な提供価値(機能性・便利さ、快適さ等)こそ評価されるものの、自社らしい独自の価値提供は評価されません。
前述のフランス料理店のこだわりの強い頑固なオーナー、限られた客席数、予約不可などが、わかりやすい例ですね。
1、2を経て、その上で、3の正しいターゲットに正しい提供価値を届けることができれば、CSは上がります。
このようにCSを高められるかどうかは、(自社ブランドのミッション・ビジョンを起点に)真の顧客に対して、自社独自の提供価値を届けられているかどうかにかかっています。
つまり、理念体系におけるバリューを磨き続けられているかどうか、実現できているかどうかと同意義と言えるのです。
そして、この関係性はESにおいてもいえます。ミッション・ビジョンを起点に、正しいバリューを提供し続けるために、正しい仲間を集め、正しい価値観を共有しながら、正しい日々の行動ができているか。
これは、理念体系における社員の大事にすべき価値観・行動を言語化したスピリット・クレドが実現できているかと同意義と言えるでしょう。
今回は、CSとESというキーワードで、顧客満足度と従業員満足度を上げるためにはというテーマでもあるのですが、そのためにはミッション・ビジョンに基づいたバリューとスピリット・クレドを浸透・実行することが、CSとESの向上にも繋がっているということがおわかりいただけたのではないでしょうか。
4:CSとESは、両軸で考える
ミッション・ビジョンに紐づいたバリューとスピリット・クレド。そこからつながるCS、ESであるならば、車輪の両軸と同じく、どちらかだけでは企業の経営が前に進まないことは、お分かりいただけると思います。
少し具体的な例で考えてみましょう。
例えば、BtoC企業で給与が高くて福利厚生も充実している。 しかし、扱っている商品自体はマーケットや顧客から評価されていないような、CSに課題を持っている企業があるとします。
このような場合、働いている社員は、あまりのCSの低さに自分たちの仕事が本当に世の中の役に立っているかに不信感を抱き、徐々に自分たちの商品や仕事に対する自信や誇りを持てなくなっていってしまいます。
(どのような商品からも魅力的な価値を見出し、ターゲットを変えるなどして、販売していくアイデアや努力が必要だという観点は、ここでは一旦置いておきます。)
これはCSの低さがゆえに、ESの足を引っ張っている場合です。
もっと遡れば、バリューの提供ができていないがゆえに、従業員がスピリット・クレドに疑問を持ち始めている状態だとも言えます。
人は誰しも、程度の差はあれど、褒められたり、求められたり、感謝されることに喜びを感じるものです。そう考えると、CSが高く社会への貢献度が高いことが感じられたり、顧客から「ありがとう」と言われる楽しさを感じることができるならば、それはESの向上に貢献します。
逆もまた然りです。CSがある程度高く、商品はよく売れ、業績が良さそう企業でも、従業員に対する扱いがあまりにもひどい企業では、従業員はそれ以上商品を改善してCSを上げようとは考えませんし、転職を視野に入れて短期的な目線でしか企業に協力をしようと思わないでしょう。
また、転職後には、社外で企業の内情をわざと伝えるようなこともあるかもしれません。そうすると商品や接客の質、会社にブランドは徐々に落ちていき、結果的にCSも下がっていきます。
このように、CSとESは互いに影響しあうために、同時に(あるいは交互に)施策を考え、実施し続けることが大切なのです。
コラム:CSとESに優先順位はあるのか?
企業のブランディングに関わる私たちですが、CSとESどちらを重視すべきかは、企業によって注意深く見極めています。
よくあるケースとしては、これまであまり注力していなかった従業員満足度を高めるために、インナーブランディングに注力をしすぎたあまり、組織が内向きになりすぎてしまう場合があります。
極端にいうと、企業が従業員の幸せを重視するあまり、顧客に対する提供価値への意識が薄れてしまうケースです。身近な従業員が喜んだり、笑顔になることは素晴らしいことですが、それが本質的な喜びや笑顔かどうかをしっかりと見極めることが大切です。
私たちが、これまでの経験からお勧めするのは、あくまで顧客や市場、社会への提供価値を実現する過程で、自分たちにとってのやりがいや喜びを見出すためにはどうすればいいか、という順番での考え方が最もバランスが取れるように思います。
企業としての社会への提供価値と、個人の大事にすべき価値を重ね合わせるパーパスの考え方ともあっています。
あくまで一つの考え方ですが、CSから始まるESという設計が、企業として取り組みやすいのではないかというのが実感値です。
5:両方考えているのに、上手くいかない場合は…
ESもCSも両方考えているのに、なぜか上手くいかない……。その場合は、そもそも企業理念の中でもブレが生じている可能性も考えられます。
これまでにご紹介したように、CSはバリューに、ESはスピリット・クレドと紐づいています。
例えば、スピリット・クレドを実践しても、バリューを発揮することにつながっていないなど、どこかにズレが生じている場合は、CSとESの上手い相乗効果につながらないことも考えられます。
その場合は、そもそもの企業理念やMVVSSから、ブレが生じていないか見直しが必要かもしれません。ここは、【後編】の記事でもう少し詳しく触れていきます。
コラム:「組織」を徹底して言語化したメルカリの事例
今回は、ESはスピリット・クレドなど、人・組織の在り方を定められたものに左右されるとご紹介しました。であれば、組織の在り方を見直すことでESが変わってくることもあるわけです。
例えば、事業内容が大きく変わり、組織編成が変わったとき。あるいは従業員が急激に増えたとき。その組織がどうあるべきなのか。スピリットやクレドも見直すタイミングなのかもしれません。
ここで紹介するのは、メルカリの事例です。2013年の設立された当初は10人ほどだったメルカリは、2017年には社員数約600人となり、2019年にはメルペイをリリースするなど、従業員数も急増し、新たなサービスも開始されていました。外国籍のメンバーも多くなる中、メルカリが行ったのが、組織の在り方を見直すことでした。
そこでメルカリは、すでにあったミッション・ビジョン・バリューの見直しと、「カルチャー・ドック」(この記事ではスピリットやクレドと呼んでいた「組織の在り方」に当たるもの)の策定を行います。
この記事で言及したように、そもそものミッション・ビジョンと現在の状況にズレが生じてきている場合は、ミッション・ビジョンから見直すことが必要。
メルカリも、元々ミッションであった「新たな価値を生み出す世界的なマーケットプレイスを創る」はメルカリを想定したミッションであり、そのままメルペイにも当てはめることは困難になっていたのです。
そもそものミッションを見直した結果、ミッションを変更してもいいですし、メルカリとメルペイで別のミッションを開発することもできます。
結果的に、メルカリは、メルカリとメルペイで別のミッションを立てることとし、メルペイのミッションを「信用を創造して、なめらかな社会を創る」と定めています。
その後のカルチャー・ドック策定にあたり特に注力されたのは、メルカリで働く上でのあらゆる会社と個人の接点について、メルカリらしいカルチャーを伝えるための言語化です。
誰かが一方的に定めた組織の在り方に従わせるだけでは、ESも下がってしまいます。策定プロジェクトチームは素案をベースに、各部門のマネージャーとの議論を重ねながら、経営陣承認の上、細かな言い回しまで議論を繰り返しながらメルカリのカルチャー・ドックを仕上げていきました。
徹底して多くの人が関わって議論し、細部にこだわりながら言語化する。言語化のプロセスも含めて、組織の在り方を考えることの大事さがメルカリの事例から伺えます。
参考:『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』 唐澤俊輔 ディスカヴァー・トゥエンティワン
6:まとめ
ここまでお読みいただきありがとうございます。
こちらの記事のポイントは、CSとESは互いに影響し合うものであり、どちらかだけを追うのではなく、両輪で回すことに意味がある、ということでした。
その背景には、企業としての理念体系におけるミッション・ビジョンを実現するための、バリューとスピリット・クレドという役割と関連性があることがお分かりいただけたかと思います。
また、この記事には【後編】が存在します。 後編では、ミッション・ビジョンを軸にしたESとCSを、ビジネスモデルとカルチャーモデルというふたつのモデルに置き直し、別の角度から解説します。後編もぜひ読んでみて下さい。
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