企業ブランディングやPRの文脈で、近年ストーリーに代わるものとして語られるようになってきた「ナラティブ」。よく聞きはするけれど、いまいちどういうものかがつかみづらいな……という方も多いかもしれません。
企業コミュニケーションにおけるナラティブとは、“パーパスを起点として、生活者・消費者目線で実践するコミュニケーション”のこと。こう言われても、まだピンとこないのは当然です。そんな少しわかりづらいナラティブについて、詳しく見ていきましょう。
ちなみに、最近の資料では、2021年に発行された「ナラティブカンパニー 企業を変革する『物語』の力(本田哲也 著)」で、一歩踏み込んだ企業にとってのナラティブが定義づけされているので、おすすめです。
今回は、上記のような世の中の情報を踏まえ、当メディアの視点から「ナラティブ」についてお話しさせていただきます。
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1:そもそもナラティブとは?
ナラティブとはそもそも、「ナレーター」や「ナレーション」と語源を同じくする単語。文芸理論の中で使われている用語で、ストーリーと比較して、より広義の「物語」を指す言葉として用いられます。
そこから派生して、現代において最もポピュラーな使い方となったのは、1990年代、臨床心理学の領域から生まれた医療・介護の分野です。治療や介護などのケアを“する側”ではなく、“される側”の目線に立ち、一人ひとりの患者に寄り添ったケアを「ナラティブ・ケア」と呼ぶようになりました。
ナラティブケアでは、患者が思い込みによって、精神的に支配されてしまっているネガティブなストーリーを「ドミナントストーリー」とし、そこから患者に寄り添うことで、その思い込みから解き放ち、新しい代替的でポジティブな第2、第3の解である「オルタナティブストーリー」を導き出すことを目的としています。
このナラティブアプローチのポイントは、①傾聴すること ②対話すること ③問題を外在化することの3つです。
相手の話に耳を傾け、うわべだけでなく心で対話し、自分と問題を切り離して、客観的に問題を捉え直すことにより、一つの事象に対する別解を導き出すことができるようになります。
さらに最近ですと、2019年ノーベル賞受賞者でも経済学者であるロバート・シラー教授が、エボラ出血熱の伝染・ビットコインの流行・トランプ元大統領の世論の巻き込み方に共通する「複数人の集団共有ストーリー」があり、それが経済の世界にも当てはまるということを「ナラティブエコノミー」という著書にまとめています。
日本を代表する編集者の松岡正剛氏であれば、日本の文化の起点として、ナラティブならぬ、奈良ティブというアプローチもあるかもしれません。
さて、少し話はそれましたが、これらのように異なる意味と出自を持ちながら発展してきた“ナラティブ”ですが、それを“企業”から“生活者”に対するコミュニケーションの領域に置き換えたものが、今回お話しする「ナラティブ」です。
簡単にまとめますと、ナラティブというのは、発信者である企業が主体ではなく、生活者・消費者が主役となるコミュニケーションのことを示しています。
2:ナラティブな事例とは?
まずはじめに大事なことは、企業コミュニケーションとしての「ナラティブ」において最も重要なのは、ナラティブが企業のパーパスからはじまる点です。
パーパスとは、企業の存在意義であり、企業経営の根底にある、強い思いのこと。創業者の熱い想いであり、企業理念やミッション・ビジョンとして脈々と受け継がれているものになります。
そのパーパスを起点としたナラティブなコミュニケーションとは、CMやWebサイト、企業のSNSアカウントなど、単独のコンテンツにおける表現を指すものではありません。企業が発信するもの、企業自体の姿勢など、企業の社内外のすべてのコミュニケーションに通じる考え方です。
と、言われても、概念的でわかりづらいので、ナラティブに関する事例を2つご紹介します。
1つはアップルとオンラインゲームのフォートナイトの1984バトルです。前述の著書に記載されている有名な話なので、ゲーム好きな方は知っているかもしれません。
これがどのような話だったのかは、まず1949年にイギリス人のジョージ・オーウェル氏が書いた有名な「1984」という小説について知らなければいけません。
この本は、“ビックブラザー”という存在に完全に人類が管理されている全体主義世界の未来を描いたもので、政府批判とも言えるその思想が危険とされ、当時は国によっては発禁となるほどでした。
小説の題名にもなっている1984年のこと、アップル社が当時コンピューター市場を独占していた巨人であるIBMを、小説に登場する管理者の象徴である“ビッグ・ブラザー”というキャラクターに見立てて、その巨人からユーザーを開放するというCMを作り、話題になりました。
しかし、時を現代に進めた2020年。今度はオンラインゲームであるフォートナイトが、市場への大きな影響力を持つアップルストアから、登録料を巡って排除されたことを受け、アップルをビックブラザーに置き換え、アップルがかつてIBM対して発したことと同じメッセージを、逆にアップルに対しても行う、という動画広告を作成して話題になりました。
この2つを見比べていただけるとそのパロディ具合・対比が面白いです。
●1984年のアップル VS IBM 版「1984」
https://www.youtube.com/watch?v=VtvjbmoDx-I&t=4s
●2020年のフォートナイトVS アップル 版「1984」
https://www.youtube.com/watch?v=MlZ78bxSU7c
この一連のコミュニケーションの中で、フォートナイトは自社を主役にするのではなく、ゲームのユーザー一人ひとりを主役にすることで、みんなでアップルが管理するプラットフォームに対して挑戦をするという構図をつくり、多くのユーザーから共感と支持を得ることに成功しました。
さらに、シューティングゲームであるフォートナイトでは、使用されるユーザー独自のアバターが一役買いました。
ユーザーがアバターに自分自身を重ね合わせることが容易で、「これは私の戦いではない。あなた自身の戦いだ。」というストーリー設定がすんなり受け入れられました。
ともすれば、「アップルストアへの登録料を嫌がるいちゲーム会社がワガママを言っているだけ」とも捉えられかねない状況ですが、「みんなで管理者アップルをやっつけよう。」という構図を設計したフォートナイトの巧みさが伺えます。
このように、これまでのように企業が主語であったコミュニケーションを、一人ひとりの消費者やユーザーを主役にするコミュニケーションに置き換えることで、共感を増幅させていく。これがナラティブアプローチの特長と言えるのです。
3:ナラティブが求められる社会的背景
ではなぜ近年、ナラティブなコミュニケーションが求められるようになったのでしょうか。めまぐるしく変化する世の中においてはさまざまな要因がありますが、大きな影響を及ぼしているのは「ESG投資」や「SDGs」などに代表される、世界規模での社会意識の高まりだと考えられます。
長らく続いた大量生産・大量消費の時代が終わりを迎えつつある現在。商品ひとつとっても、購買の動機が多様化しています。生産国はどこか、倫理的な調達がされているか、商品は長く使えるものか、その企業の従業員がブラックな働かされ方をしてはいないか。このような価値観でモノを買うひとが、世界的に増えてきました。
企業は最終的なアウトプットである商品の良し悪しだけではなく、企業自体の在り方やスタンスを見られ、購入するかどうかを判断されているのです。
さらにSNSの普及によって、企業が外向けにアピールしている事柄と実態が一貫しているかどうかの、答え合わせが容易になりました。外向けの印象を上げるためにだけ実態のない企業アピールすることは、もはや企業にとってリスクでしかありません。
このような社会的な意識の高まりと環境の変化から、社内外の一人ひとりにとって共感できるストーリーや価値を持っているナラティブな企業になることは、安全で健康に経営するための必然的な手段となったのです。
4:ストーリーとナラティブの違い
よく広告やPR、マーケティングの文脈で“ナラティブ”が語られるとき、“ストーリー”の代替、あるいは進化系として取り上げられています。
「ストーリーはもう古い。これからはナラティブの時代だ。」というフレーズを目にしますが、これはあくまで“ナラティブ”というホットワードを作りたいという、メディア側の意図が多分に含まれており、少し疑問を感じます。
公式な定義はなく、さまざまな意見もあるでしょうが、私たちは“ナラティブ”と“ストーリー”は、相対するものではないと考えています。
“ナラティブ”は、あくまで“ストーリー”を伝えるための手段のひとつであり、「ストーリーを、ナラティブに伝えましょう。」というのが適切な表現と言えるでしょう。
ここで少し整理します。
企業にはそもそも、存在意義でもある強い想いを表した「パーパス」や「ミッション・ビジョン」が必要です。そのパーパスに基づいて、企業は一貫した言動や行動をとり、世の中に発信していきます。
これまでは、その発信の方法として、“ストーリー”で伝えることが大切であるとされてきました。企業が歩んできたプロセスなどを、一連の物語にして表現することで、伝わりやすく、共感や信頼を得ることができるという考え方です。
しかし、前述の通り、現在のように情報ノイズが多い社会では、より社会性・共感性が高く、自分ごととして捉えられる情報しか、人々に届きませんし、心を動かすことができないという時代になっています。
どんなに正しい情報でも、企業が一人称で伝えたいことだけをストーリーにして届けても、生活者や消費者は自分に関係のあるものとして受け取りづらい状況になっています。
そこで企業が伝えたいメッセージを、より生活者に自分ごととして捉えてもらうためのストーリーの手法として、ナラティブアプローチが注目されているのです。
もちろん、これまでストーリーとして用いられてきた表現の中にも、ナラティブと言えるものはたくさん存在していました。ストーリーとナラティブは全く異なるものではなく、ナラティブは、ストーリーの効果的な表現方法の一つなのです。
このほかにも、ストーリーとナラティブの違いとしては、展開される範囲・舞台の違い(扱うテーマの社会的意義の大きさや広さの違い)や、時間軸の違い(ストーリーには始まりと終わりがあり、ナラティブは現在進行形で終わりがない)といった要素が挙げられることも多いですが、これまでの既存のストーリーの中にも、大きな社会課題に向き合い、時間軸を超えて取り組んでいるものもあるので、実際にはそこまで明確な違いとは、言えないかもしれません。
5:企業のナラティブアプローチ事例
ここまでで、ナラティブとはどのようなものかがなんとなく見えてきたでしょうか。次に実際の事例をみながら、より理解を深めていきましょう。
5-1:パタゴニア
一度、私たちのメディアでも取り上げたパタゴニアも、最近ではナラティブアプローチを使用しているようです。
2017年、当時のトランプ大統領がユタ州のナショナルモニュメント指定保護地域の大幅縮小を発表したことに対して、パタゴニアは「大統領はあなたの土地を盗んだ」と、自社サイトに反発のメッセージを掲載しました。
これはパタゴニアの商品や企業自体の広告として機能するものではありません。自社が設定したパーパスである「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」に基づいて、発表されたメッセージです。
さらに、大統領選が行われる2020年、パタゴニアは再度自社サイトに「気候変動否定論者を落選させよう」「2020年のアメリカ合衆国上院選挙は、私たちの国の気候政策、そして自然地域に長期的な影響を及ぼします」と掲載しました。
結果的にこの活動は消費者、環境保護団体、競合他社を含むアウトドア業界全体を巻き込むムーブメントとなったのです。
この呼びかけ自体はパタゴニアが行ったものですが、主人公はパタゴニアではなく、地球に住む私たち自身となっています。
5-2:パンテーン
「#この髪どうしてダメですか(https://pantene.jp/ja-jp/hair-we-go/school-hair )」のハッシュタグがTwitterで広く拡散され話題を呼んだのは、P&Gのヘアケアブランド、パンテーン。メディアを運営する私たちも、参加させていただいたキャンペーンですね。
2018年から掲げている「さあ、この髪でいこう。#HairWeGo」のスローガンの元に展開されたキャンペーンの中でも、特に反響が大きかったこの企画。生まれつき髪が茶色い生徒などに「地毛証明書」の提出を求めたり、黒く染めさせたりする日本の学校の髪型校則について、疑問を呈したものです。
近年黒染めの強要に対する訴訟が行われるなど、定期的に話題になるものの、大きな変革が起きていなかった髪型校則について取り上げたパンテーン。社会課題とヘアケアとをうまく結びつけ、主人公を生活者にした事例です。
ハッシュタグが話題を呼んだ結果、黒染め指導の廃止を求める署名活動が行われ、東京都教育委員会へ2万人の署名が提出されました。
社会を巻き込んだ取り組みでブランドの理念を体現したことが評価され、2019年には「PRアワードグランプリ」でゴールドを受賞。
キャンペーン実施以前、実は古いイメージが強く、売り上げが低迷していたパンテーン。この企画により生活者からの印象が変わり、イメージも売り上げも向上したそうです。
6:まとめ
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ナラティブとは、企業のパーパスに基づきながら、企業の伝えたいメッセージを企業が主体として語るのではなく、生活者・消費者を主人公として共感を得るための一つのアプローチでした。
PRやマーケティングの文脈ではストーリーに代わるものとして語られるようになっていますが、実際には、ストーリーをより効果的に伝えるための方法の一つと考えていいでしょう。
もし、あなたが属する企業が、意義のあるパーパスを持ちながら、どうも世の中の人々から共感が得られていなかったり、支持を得られていないようであれば、主語を自社ではなく、生活者・消費者を主人公にした、彼ら・彼女らのストーリーをつくってみると大きな変化があるかもしれません。
自社の大事にするパーパスを、社内外の人々から共感を得られるような大きな巻き込み方ストーリーにするために、ナラティブアプローチの実践に取り組んでみてはいかがでしょうか。
【参照】
*ハフポスト「フォートナイトがパロディ動画で皮肉ったアップルの伝説のCM「1984」とは?」
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5f360454c5b69fa9e2f92022
*ワイヤード「幕を開けたアップルvs「フォートナイト」開発元の“手数料訴訟”は、ある単純な「問い」で勝負が決まる」
https://wired.jp/2021/05/06/epic-apple-lawsuit-one-legal-question/
*「ナラティブカンパニー―企業を変革する「物語」の力」 本田哲也著 東洋経済新報社https://str.toyokeizai.net/books/9784492558003/
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