『孫子の兵法』に学ぶ、普遍のブランド戦略

どの時代においても、何をやるにしても、ものごとの本質は結局変わらないものです。それは、いつの時代でも古典が愛される理由の一つであります。

以前、知人から「これから一番ヒットする物語って何だと思う?これまで一番長く読まれていた古典だよ」という話を聞いた時に、確かになと思ったことがあります。

長い間読まれ続けてきたもの、さらに世界中で読まれているものには理由がある。そこには、今でも通用する理論や理屈といった成功の原型があるんですね。まさに温故知新。

ビジネスの文脈でも、「古典」と呼ばれるいくつかの有名な書籍があります。そこまで時代的には古くはないですが、ドラッカーは読んでなきゃ、コトラーは知っておこう、なんて。ビジネスパーソンはいくつか浮かぶものがあるのではないでしょうか。ビジネス書は数十年前でも「古典」って呼ぶの不思議ですよね。このジャンルの歴史自体がさほど長くないからなのかもしれません。

そんな中で、今回取り上げるのは『孫子の兵法』。ブランディングをする際に温故知新や不易流行といった考え方を大事にする私たちパラドックスにとっても発見がありました。『孫子の兵法』から、孫子の考え方の軸と、現代の仕事にも応用できそうなポイントついて考えてみたいと思います。

 

1:戦争論とは、戦略論として使える

『孫子の兵法』なんて見たことも聞いたこともない……という方は、もしかしたらほとんどいないのではないかと思うくらい。現在では、数多くの現代語訳や解説書が出版されています。世界中で読まれており、何度でも読み返す一冊として愛読している経営者が多いことでも有名です。

そんな『孫子の兵法』は、2500年も前から語り継がれているもの。紀元前500年頃の古代中国で戦争指導を行い活躍した孫子による戦略論です。なぜ『孫子の兵法』がこんなにも読まれているかといえば、要は戦争というシチュエーションを通じて、戦いや競争に関する考え方を示したものだからです。普遍的な勝ち方(負けない方法)ですから、書かれていることは現代の「戦略論」としてビジネスの場面に活かせることが多そうです。

勝ち方の心得であり、原型的なフレームワーク。そんな普遍的な本質を語るものだからこそ、幅広い分野で活かすことができそうですね。逆に、自分の状況にぴったり当てはまるわけではないので、自分が直面する部分的な課題解決に直結するものではないとも言えます。

意外と語られていないのが、ブランド戦略の文脈から見る『孫子の兵法』です。ブランドとしてのあり方。ブランドとしての闘い方。競合ブランドに対する勝ち方など。『孫子の兵法』にも我々が学べる部分が多そうな気がします。

2:闘いの前に、いい政治を心がけよ

戦略の話なのにいきなり政治の話?と思われるかもしれませんが。実はこれ、最初に話しておきたい大切な視点です。

『孫子の兵法』における発見の一つは、政治の善し悪しが戦争の勝敗を決定する重要な要素であることが考え方の根底にあることです。(総力戦思想的ではありますが)政治が悪いと、国民もついて来ません、と考えると至極あたりまえのことのようにも思えてきそうです。

現代で言えば、自社で働く人が、「会社の社会における存在意義、つまり大義のために頑張りたい!」と少しも思えないならば、本気で戦えるわけがなく、ライバル企業(商品)にも到底勝てないでしょう。

大義名分のもと、メンバーにとっても働く環境をよくしたり、個人のやりがいを感じられる仕事設計ができている。そうすると、働く人のモチベーションが上がり、社内外に応援してくれるファンが増える。それは結果的には世論や大衆を味方につけ、争いごとの勝利につながるということなのです。

兵法と聞くと、いかに誰か・どこかと闘うことを考えてしまいがちですが、まずは自分たちの日常や内情が勝者に相応しいかを見つめることが大事という考え方は目が鱗が落ちます。甘い自分自身に勝たなければ、他人に勝てませんよね。

3:最善の闘い方とは、「闘わないこと」

また大前提として、(驚きでもあるのですが)孫子は戦争を推奨していません。「戦争はやむを得ず行うべきものである」と語られています。戦争をする時点で、ある意味、すでに失敗をしているという認識から始まるところも面白いポイントです。

「百戦百勝は善の善なるものにあらず」

つまり、百戦やって、百勝全て勝ったとしても、最善の策とはいえない。そもそも闘わないことこそが最善である。これが孫子の主張であり、これは現代における事業やブランド戦略においても、忘れてはいけない視点でもあります。

例えばライバルとは異なる、自分たちの唯一無二の差別化ポイントを見出したり、他のブランドと顧客を取り合わなくても済むような独自のブランドパートナーを探すことで、戦わなくてもいいポジショニングを模索すべきというアドバイスですね。

むやみにライバルと戦うのではなく、お互いに良好な関係を保ち、世の中全体を発展させていくために協力しましょう。政治関係が良好であれば、そもそも戦争は起こらないのかもしれません。

他ブランドと自分たちのブランドの立ち位置を明確にしてみれば、そもそも戦うべき相手でなく協業すべき相手かもしれないということです。

ブランド戦略の観点から言うならば、戦争=価格競争です。直接同じ軸で戦い、お互い損をしてしまうような状態。勝ち負けは決まるかもしれませんが、どちらも大きな得はしません。

そもそもぶつからないようにするのが、孫子流のブランド戦略といえそうです。

4:競合を知り、自社を知るべし

前章では、そもそも闘わないことが最善だとお話しました。そのためには競合相手のことも、自社のこともよく知らなくてはいけません。

「彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず」

他社がどんなブランドでどのポジションをとっているのか。自社がどのようなことを目指していて何をやるべきなのか。結局、このあたりをわかっていないと、わかりやすいところでバッティングしてしまい、結局戦うことになります。

やみくもに価格競争に巻き込まれたり、とにかく目を引く広告キャンペーンに疲弊しているのであれば、まずは自社ブランドのポジショニングについて考えてみましょう。

自社はどのようなブランドか、従業員のみなさんは同じように語ることができるでしょうか。自分たちの提供する価値の共通認識はできていますでしょうか。どのような顧客が自分たちにとっての本当のお客様なのか、言語化できているでしょうか。

そして、同じくらい競合のことも知っていて、自社との違いを語れるでしょうか。

提供価値と顧客が変われば、たとえ同業他社であろうとも、競合しない可能性も出てきます。まずは考えてポジションを明確にしてみましょう。

5:現状持っている「価値」をきちんと認識する

自社ブランドのことをよく知りましょう。とはよくいいますが、知っても結局唯一無二のいいところなんか見つかりにくい……と思われることもあるかもしれません。

しかし、世の中で価値があるとされるものをそのまま持ち合わせている必要はありません。今は価値がないと思われているもの、むしろ不利な条件を持っていても、それもひとつの特徴であり、他のブランドとの差別化ポイントになることもあります。

「地形には、通ずる者あり、挂ぐる者あり、支るる者あり、隘き者あり、険なる者あり、遠き者あり」

『孫子の兵法』で語られるのは、戦う場所の地形が様々だということ。地形は様々だが、その地形の特徴を理解して活かすことが大事であり、一概にどちらか一方が不利な地形などないという話なのです。

これは地形をマーケットとして捉えてみるとわかりやすいかもしれません。一見自社にとって弱点に見えても、戦うマーケットを変えてみると、実は、弱みが強みに変わる可能性もあるということを示唆してくれているように思います。

6:大義名分・信念が必要

「道 天 地 将 法」

これは、孫子が挙げた戦力を検討する際の基本問題5つです。

道:大義名分のこと

天:時間的条件のこと

地:地理的条件のこと

将:将帥の器量のこと

法:軍制のこと

今回はその中でも、ブランディングの文脈に欠かせない「道」に注目してみたいと思います。大義名分である「道」は、『孫子の兵法』内では、「君子と国民をひとつにするもの」として書かれています。

「何のためのブランドなのか」「なんのためにその企業があるのか」を明確にして掲げたもの。いわば企業理念に通じるかもしれません。

理念がハッキリと掲げられているからこそ、「その実現のために頑張ろう」と思うモチベーション維持にもつながりますし、「そのためにどうすればいいか」と考える指標になります。

逆に明確な理念のない企業は、ある意味自由で個性が尊重されているかもしれませんが、同じ価値観で一丸となることは難しいともいえます。事業・ブランドを全力で前に進めるためには、自分たちがそれをやるべき大義名分≒企業理念を起点にすることが有効なのかもしれません。

7:普遍的なことが書かれているから、価値がある

今回、『孫子の兵法』を読んでみて、書いてあることはとても真っ当で、当たり前のことがいかに大事か、同時にいかに忘れやすいかに気付かされました。

努力を積み重ねましょうとか、真っ当にやりましょうとか、自分自身のことをよく知りましょうとか。我々の暮らしの中の知恵や道徳観として、脈々と受け継がれてきたものに近いものを感じました。

逆に西洋だとこのような考え方は珍しく、それがこの本が世界中で読まれている理由になっているのかもしれません。

最後に、この『孫子の兵法』の考え方の原型に、ブランディング戦略に必要な要素を当てはめてみました。すると驚くほど、項目が当てはまっていくことがよくわかります。この汎用性こそが『孫子の兵法』の魅力の一つと言えるでしょう。

ぜひ皆さんも、今取り組んでいる課題を『孫子の兵法』で分解してみてはいかがでしょう。解決に向けて足りていない要素が見つかるかもしれません。

「彼を知り、己を知る」

 

彼を知り 

競合を知ること。マーケティング。

己を知る 

自社を知ることブランディング。

「5つの条件」

 

道 大義名分

企業理念。ミッション・ビジョン・バリュー。

天 時間的条件

流行やその時々の状況。

地 地理的条件

業界内でのポジショニング。どこで闘うか。

将 将帥の器量

マネージャーやリーダーのスキル。

法 軍制

マネジメントの体制やチームの座組。

『孫子の兵法』自体は、さまざまな本が出版されており、わかりやすい語り口のものや漫画になっているものもあるので、まずは自分の手に取りやすいところからでも。ぜひ読んでみてください。

たくさんあって、どの『孫子の兵法』を読めばいいだろう……という方向けに、いくつかオススメを載せておきます。とはいえ、「どれを読もうかな」と書店で探してみるのも、学びの楽しさのひとつです。ご参考までに。

今回参考にした『孫子の兵法』
守屋洋 『孫子の兵法』 1984年 知的生きかた文庫

マンガで早く理解したい方には
長尾一洋()、久米礼華(まんが) 『まんがで身につく 孫子の兵法』 2014年 あさ出版

図解で理解したい方には
水野実 『孫子の兵法 (図解雑学)』 2003年 ナツメ社

いまの仕事に活かしたい方には
染井大和 『30代からの「孫子の兵法」』 2012年 あさ出版

 

 

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