「人的資本経営」とは何か? 取り組むべきこと、手順を徹底解説

新時代の経営のあり方として、昨今よく耳にするようになった「人的資本経営」。自社でも導入したいという声はあるものの、具体的にどういったものなのか、なにから始めればいいのかといったことはいまいち分からないという方も多いのではないでしょうか。今回は、実際に「人的資本経営」を実行するにあたり、押さえておくべきポイントと導入する際の手順を、実例を交えながら4章にわたって解説していきます。

1:人的資本経営とは

2020年に経産省が『人材版伊藤レポート』を発表したことにより、人的資本経営の注目度は国内で一気に高まりました。経産省では、人的資本経営の定義を次のように定めています。

 人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方

 経営において、これまで「リソース(資源)」すなわちコストとして捉えられてきた人材を「キャピタル(資本)」と捉えなおし、戦略的に人材投資をすることでその価値を最大化し、事業の成長、理念の実現を通して会社自体の価値を長期的に向上させる経営を目指すものです。

 その背景には、年々加速する労働人口の減少により人材の確保が難しくなっているという状況のほか、環境・社会・ガバナンスに対するESG投資の高まり、さらには2023年からはじまる人的資本情報開示の義務化など、企業を取り巻く環境が大きく変わってきている事実があります。

 日本企業はかつて長期雇用を前提とすることで競争力を高めてきましたが、時代が変わり、市場環境が大きく変わった現在、人材への投資が世界でも最低レベルであることがわかっています。しかし逆に言えば、日本企業においては最も伸び代が大きい領域とも言え、人的資本はまさに「眠れる資本」と言えるのです。

図:経済産業省 未来人材ビジョン(令和45月)より引用

2:人的資本経営導入のために押さえておくべきポイント

続いて人的資本経営を導入するにあたり、押さえておくべきポイントを見ていきましょう。『人材版伊藤レポート』で語られている中でも特に重要となるのが、「変革の方向性」「人材戦略に求められる3つの視点・5つの共通要素」の2項目です。

2-1:変革の方向性

急速なデジタル化への対応や、コロナ禍に象徴される市場を取り巻く環境の変化など、企業はさまざまな経営課題に直面しています。そのような状況のなか、各企業は直近の課題に対応しながら、企業理念やパーパスといった原点に立ち返りながら、持続的な企業価値の向上を目指す必要があります。そのための「変革の方向性」として、伊藤レポートでは大きく2つの方向性が挙げられています。

 ひとつは、材への価値観を大きく変え、経営戦略と人材戦略を結びなおすことです。その大前提には、これまでは管理されるべきコストと捉えられていた「人的資源」を、価値創造の主体として投資されるべき「人的資本」へと捉え直すという、「人」に対する価値観の抜本的変化があります。その上で、経営戦略と切り離された「人事」ではなく、経営戦略から落とし込まれた「人材戦略」へと変化させること、人事部ではなく経営陣が人材に関するイニシアチブを取りながら戦略を実行、管理していくことなどがそれにあたります。

 もうひとつが、個人と組織の関係性のあり方を変えることです。企業は社員を囲い込み、個人も会社に依存するという「相互依存」のような関係性が一般的な中、個人と組織がフラットな関係として、相互に選び合い、成長し合うような関係へと変化することが求められているのです。

図:人材版伊藤レポートをもとにパラドックスで制作

2-2:3つの視点と5つの要素

「変革の方向性」で触れたように、人的資本経営を成功させるには、企業理念やパーパスに今一度立ち返った上で経営戦略を明確化し、そこから人材戦略を策定・実行することが必要です。伊藤レポートではその際に重要となるポイントを「3つの視点と5つの要素」としてまとめています。

図:人材版伊藤レポートをもとにパラドックスで制作

まず、「3つの視点」は、人材戦略を策定する際に、注意するべき3つのポイントと言えるでしょう。

【3つの視点】

①経営戦略と人材戦略の連動
経営環境が急速に変化する中で、持続的に企業価値を向上させるためには、 経営戦略と表裏一体で、その実現を支える人材戦略を策定、実行することが不可欠です。そのためには、戦略策定自体を経営陣が主導し、重要な課題については具体的なアクションやKPIを設定することが求められます。

 ②As is – To be ギャップの把握
人材戦略が経営戦略と連動しているかを判断し、人材戦略を絶えず見直していくためにも、目指すべき姿(To be)と、それを実現するためのKPIを設定したうえで、現在の姿(As is)とのギャップを定量的に測定していくことが重要になります。

 ③企業文化への定着
競争優位性につながる企業文化を構築するためには、目指すべき企業文化を定義した上で、人材戦略が実行されるプロセスの中で生まれる組織や個人の行動変容が、企業文化として定着していく流れを設計する必要があります。

 次に、「5つの要素」は人材戦略を策定する際に具体的に検討し、盛り込むべき内容になります。

 【5つの要素】

人材戦略の前提として…
①動的な人材ポートフォリオ

経営戦略を実行するためには、それを支える人材の質と量を充足させ、中長期的に維持することが必要になります。そのために、今組織を構成している人材やスキルを前提とするのではなく、「理念の実現」という未来からバックキャストする形で、必要となる人材の要件を定義し、人材の採用・配置・育成を戦略的に進める必要があります。

個人・組織の活性化のために…
②知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
中長期的な企業価値向上のためには、非連続的なイノベーションの創出が重要であり、その原動力となるのは、多様な個人の掛け合わせです。だからこそ、専門性や経験、感性といった知と経験のダイバーシティを組織内に取り入れ、個々人の多様性が、対話やイノベーション、事業のアウトプットにつながる環境を整えることが重要になります。

③リスキル・学び直し
経営環境の急速な変化に対応するためには、社員のリスキルを促す必要があります。その際に重要なのは、社員自身が将来を見据えて自律的にキャリアを形成するための学習環境を整えることです。

④社員エンゲージメント
多様な個人が主体的に自らの能力を発揮するためには、やりがいや働きがいを感じ、主体的に業務に取り組むことができる環境の整備が重要です。特に重要になってくるのは、企業の成長と個人の成長のベクトルを一致させていくことであり、そのためには画一的なキャリアパスではなく、多様な就業経験や機会の提供を行うことが求められます。

⑤時間や場所にとらわれない働き方
新型コロナウィルス感染症によって、時間や場所にとらわれない働き方を可能にする環境を整えることは、事業継続の観点からも重要視されるようになっています。一方で、働き方に対する人々の意識が多様化する中で、マネジメントの在り方や、業務プロセスの見直しを含め、 組織としてどう対応するかという問題が顕在化しています。

 これに加え、自社の経営戦略上重要な人材アジェンダについて、経営戦略とのつながりを意識しながら、具体的な戦略・アクション・KPIを考えることが有効であるとされています。

3:人的資本経営に向けた6ステップ

ここからは、人的資本経営を実践するにあたり、実際にやるべきことや、導入の手順を見ていきましょう。人的資本経営に取り組むにあたり、特に重要となるのが、以下の6つのポイントです。

1)企業理念や存在意義を明確にする
人材版伊藤レポートで強調されているように、激しく変化する外部環境に対応し、持続的に企業価値を向上していくためには、各社が企業理念やパーパスまで立ち戻り、経営戦略、人材戦略を変革する必要があります。ここで重要なのは、変革の起点はあくまでも理念であり、存在意義である、ということです。ここが明確でない企業はそもそも変革の起点を持っていないことになります。だからこそ、これらが明確でない場合、これを機会に理念や存在意義を明確にする必要があります。

2)理念を実現するための経営戦略を描く
企業理念やパーパスは掲げただけでは実現しません。目指すべき姿に到達するために解決すべき課題を洗い出し、解決のための経営戦略を練ります。また、それらを机上の空論にせず、さまざまな施策を通じて事業と組織にしっかりと落とし込む必要があります。

3)戦略の実行を可能にするための人材戦略を構築する
経営戦略を実現させるため、必要となる人材ポートフォリオを策定し、それに基づいた人材戦略を立てます。ここで注意するべきは、「地に足のついた現実的な戦略を立てる」こと。理想を実現しようとすればするほど、無数の課題が出てきます。そのすべてに取り組もうとすると、結果として施策が総花的となり、本当に達成すべき目標からはむしろ遠ざかってしまいます。だからこそ、企業理念やパーパスといったブレない軸から、取り組むべき課題に優先順位をつけながら、必要となる人材の採用・配置・育成を進めていく必要があります。

4)人材戦略を推進するCHRO(リーダー)を設置する
戦略は、実行されなければ意味がありません。立てた戦略をしっかりと実行、推進するために人材戦略の策定・実行の責任者としてCHROやリーダーといったポジションを設置することが重要になります。CHROは経営戦略と人材戦略を常に整合させ続ける役割を担い、経営戦略実現の障害となる人材面での課題を抽出し、経営陣と定期的に議論を行います。また、社員やステークホルダーとの対話を主導する立場でもあるため、任命に際しては、スタッフとしての人材戦略策定の経験だけでなく、事業側で成果責任を担った経験がある人材であることが望ましいでしょう。

5)KPIを設定し、愚直に追いかける
CHROは経営課題の解決に向けたKPIのほか、人材に関するKPIを明確に定め、その達成に向けて施策を実施していくことが重要です。その際、なにか問題があればすぐに経営陣とコミュニケーションが図れるように、目標とする状態や達成までの期間、現状とのギャップを常に把握し、進捗状況を見える化しておく必要があります。

6)情報を可視化し、社会や投資家に伝える
現在、内閣官房や金融庁を中心に、人的資本に関する一部情報の開示を義務付ける方針を示しています。その背景には、日本市場における機関投資家、なかでも海外投資家の注目が「人材投資」「IT投資」「研究開発投資」といった領域に集まっていることがあります。なかでも人的資本にまつわる部分はこれまで可視化されてこなかった領域でもあることから、「開示の義務化が迫っているが、社内データの集め方が分からない」という声があがっています。そこで重要なのが、常に現状を把握し、一覧化していくためのテクノロジーの活用です。情報を可視化するための手段として、昨今はさまざまなエンゲージメント調査やサーベイが登場していますので、ぜひそういったものを活用しながら情報の可視化に取り組んでみてはいかがでしょうか。

 ▼組織サーベイに関する記事はこちらをご覧ください、
組織サーベイとは何か? 導入のメリットや手順、注意点を徹底解説

4:理念を基点に人的資本経営に取り組む企業の事例

最後に、企業理念やパーパスを軸に人的資本経営に取り組んでいる企業の事例をご紹介します。

4-1:ソニーグループ株式会社

「クリエイティビティとテクノロジーの力で世界を感動で満たす」というパーパスを掲げるソニーグループでは、「Special You, Diverse Sony」を人事フィロソフィーとし、 多様な個(人・事業)の成長の総和を、グループ全体の成長と定義しています。そのうえで、以下のような具体策に取り組んでいます。

【具体的な取り組み例】
①CEOやCHRO自らが積極的にパーパスを発信することで浸透を推進
②グループ各社のCHROがグループ会社執行役専務、人事総務担当との頻繁なすり合わせのもと、人事施策を推進
③経営陣の業績連動報酬に年に一度測定するエンゲージメントスコアを連動させることにより、経営戦略と人事戦略の連動を推進

4-2:SOMPOホールディングス株式会社

安心・安全・健康のテーマパークにより、あらゆる人が自分らしい人生を健康で豊かに楽しむことのできる社会を実現する」というパーパスを掲げるSOMPOホールディングスでは、一人ひとりが自らがどうありたいのかを定義した「MY パーパス」を掲げることで、「会社の中の自分」から「自分の中の会社、仕事」へと意識を変革することを重視した、さまざまな施策に取り組んでいます。この背景には、社員がMYパーパスを実現するために働くことで、 自律・自走の状態が生まれ、これがエンゲージメント向上につながるという考え方があります。

【具体的な取り組み例】
①パーパス浸透に向けた体系的な運用(トップからの発信/現場での取り組み/エンゲージメントサーベイ)
②MYパーパスを共有し、仕事を落とし込むことで自律的な働き方を創出するMyパーパス1on1の実施
③社員自らがMYパーパスに基づいたキャリア選択を可能にするジョブ型人事制度の導入

4-3:オムロン株式会社

「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」というMissionを掲げるオムロンでは、企業理念を強みの源泉と定義し、浸透のためにさまざまな取り組みを行っています。

【具体的な取り組み例】
TOGAThe OMRON Global Awards)の開催
企業理念実践の物語をグローバル全社で社員が共有し、称賛する場。この場を通じてオムロンの強みの源泉である企業理念を全社員に浸透させ、共感と共鳴の輪の拡大を促進しています。

企業理念 ミッショナリーダイアローグ
企業理念の実践強化に向けて、会長自らがグローバル各エリアを周り、企業理念について世界各地の経営幹部と対話を行っています。この場では、日常業務における企業理念の大切さや、自らが事業責任者として企業理念を実践した当時の経験など実例を交えた講和が行われます。その後、参加者が互いの理念実践事例を共有、共鳴しあい、気づきを踏まえ、今後のアクションプランについての議論が交わされます。

The KURUMAZA
社長と社員が相互理解を深めるとともに、企業理念をオムロン発展の原動力にすることを目的とした、直接対話の場。社長にとっては、社員が直面している課題や悩みを知り、社員の意見を引き出す場として。社員にとっては、社長と人となり、企業経営における企業理念や風土の重要性を理解する場として機能していると言います。

5:まとめ

現在、人的資本経営に関する取り組みはさまざまな会社が独自の施策を行なっているため、一見すると非常に難しいことのように思えるかもしれません。しかし、実際にやるべきことは、企業の理念やパーパスを軸にした一貫性のある経営に他なりません。人的資本経営を成功させるためにも、全ての起点となる理念の策定、見直しが重要です。まずは企業理念を固めることで、意思決定の軸を明確にし、自社にとっての「人的資本経営」のあり方を探りましょう。

 

【参考文献】
経済産業省:人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書  ~ 人材版伊藤レポート2.0
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0.pdf

 経済産業省:人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~人材版伊藤レポート2.0~  実践事例集https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0_cases.pdf

 経済産業省:未来人材ビジョン
https://www.meti.go.jp/press/2022/05/20220531001/20220531001-1.pdf

 オムロン株式会社  
https://www.omron.com/jp/ja/vision/#Initiatives

 

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