組織にイノベーションをもたらす「心理的安全性」とは

チームメンバーからのトラブルの報告が遅いとき。「意見があったら何でも言って」と言っているのに誰も発言しないとき。メンバーに問題があると考えたことはありませんか?

しかし実は、意見やアイデアを発言したり、言いにくいことを報告したりするためには、発言しやすい環境、つまり「心理的安全性」が必要です。

この「心理的安全性」とは、企業組織において、マイナスの状態をゼロに戻すものではありません。「ただ淡々と言われたことをこなす従業員」ではなく、「一人ひとりが組織でイノベーションを起こす人材」になること。企業全体がプラスに向かうための重要な要素です。心理的安全性の向上は、ボトムアップで実践することの非常に難しいもの。だからこそ、経営層、マネージャー層が先頭に立って、推し進める必要があります

リモートワーク時代の今こそ重要な心理的安全性。第一歩を踏み出すために、ぜひ参考にしてください。

1:心理的安全性とは

心理的安全性の概念を打ち立てたハーバード大学教授のエドモンドソンは、1999年に発表した論文の中で「チームの心理的安全性とは、チームの中で対人関係におけるリスクをとっても大丈夫だ、というチームメンバーに共有される信念のこと」と定義しています。

少しわかりにくいので噛み砕くと、心理的安全性の高い組織というのは「誰もが誰かに非難されたり、否定されたりする不安を感じることなく、どんな意見でも率直に発言や行動ができる組織」だと考えると良いでしょう。

心理的安全性と企業の成長との関係について注目され始めたきっかけは、Googleが2012年から4年かけて実施した「プロジェクトアリストテレス」の研究結果が発表されたこと。

「プロジェクトアリストテレス」について
Google re:Work「『効果的なチームとは何か』を知る」

Google内の180チームを対象に、成功するチームと失敗するチームとを決定づける要因を調査したところ、成功するチームは心理的安全性が高いと結論づけられました。他にも心理的安全性の推進で有名なカルビーでは、会議の初めに毎回「安全な場宣言」することを経営層から始めていき、成果につながったという事例もあります。

2:心理的安全性の必要性

現代人は、「仕事」に人生の大半を費やしています。働くことは、生きることと同義なのです。そう考えたとき、職場が働きやすい・働きがいのある環境かどうかは、非常に重要であることは想像に難くありません。心理的安全性は、チームとしての成功、つまり会社の業績向上につながるということの他に、一人ひとりが幸せに働く上で重要な要素のひとつなのです。

ここではまず、心理的安全性の重要性を理解するために、働くと環境の関係について理解を深める2つの考え方をご紹介します。

2-1:マズローの欲求5段階説

「マズローの欲求5段階説」をご存じでしょうか。アメリカの心理学者であるアブラハム・マズローによって考案された、人間の欲求を5段階のピラミッド構造で表す心理学理論です。

人間には図のように5つの欲求があり、最下層の「生理的欲求」から一段ずつ欲求を満たしていくことで、最終的には「自己実現」に向かっていくとされています。

①生理的欲求:食欲・睡眠欲・排泄欲など生きるために必要な基本的・本能的な欲求

②安全の欲求:身の危険を感じず、心身ともに健康かつ経済的にも安定したい欲求

③社会的欲求:友人・家庭・会社から受け入れられたい、集団への帰属や愛情を求める欲求

④承認欲求:他者から尊敬されたい、認められたいなどの欲求

⑤自己実現欲求:自分の世界観や人生観に基づいて「あるべき自分」になりたいと願う欲求

①と②は、満たされていなければ生きることが難しいもの。マイナスをゼロにする欲求です。ちなみに「安全の欲求」は「心理的安全性」と似た言葉ですが、異なるものです。

一方で③〜⑤は、衣食住がきちんと満たされた状態から、より豊かでいきいきと生きるための欲求。つまりゼロからプラスに向かう欲求です。

この③〜⑤を満たしていく上で、働く環境は非常に重要です。心理的安全性が低く思うように働けないと、欲求が満たされないフラストレーションが溜まり、モチベーションの低下や離職につながっていきます。

▼「マズローの欲求5段階説」について詳しくはこちら
マズローの欲求5段階説を活用したインナーブランディングの考え方

2-2:ウェルビーイング

近年多くの企業が取り組みを始めており、SDGsの目標にもなっている「ウェルビーイング(ひとが身体的・精神的・社会的に“良好な状態”であることを指す概念)」の向上。ここにおいても、心理的安全性を高めることは大切な要素です。

ウェルビーイングを「持続的幸福(一時的な感情に左右されない幸福)」と定義づけた、アメリカの心理学者マーティン・セリグマン氏。彼がウェルビーイングの測定方法として提唱したのが、「PERMAモデル」です。

ウェルビーイングを5つの要素から成るものとしてそれぞれを測定することで、持続的幸福の追求を行うことができると考えるこの指標。この中で特に、「Relationships(ポジティブな関係性)=良好な人間関係」の要素は、企業においてまさに「誰もが誰かに非難されたり、否定されたりする不安を感じることなく、どんな意見でも率直に発言や行動ができる組織」であることと関連しています。

▼「ウェルビーイング」について詳しくはこちら
社員の心身の健康を考える。企業が意識すべき「ウェルビーイング」とは

3:心理的安全性が低い組織=イノベーションが起きない

では反対に、心理的安全性が“低い”状態ではどのようなことが起こるのでしょうか。職場の環境と、それによって引き起こされる結果の例をご紹介します。

これらはほんの一例ですが、左のような状況に誰しも遭遇したことがあるのではないでしょうか。このように心理的安全性が低い環境では、ミスやトラブルが報告しづらく、不正が起きたり、より深刻な自体につながったり。また生産性向上やアイデアの創出が難しいため、イノベーションを起こすこともできません。

変化のスピードが早い現代において、どのような業種の企業であっても、イノベーションを起こすことは必須です。そんな中、上司の顔色を伺ったり、アイデアを飲み込んだりしている暇はありません。心理的安全な職場環境を整えることは、イノベーションを起こす近道なのです。

4:エドモンドソンの「4つの心理的安全性を損なう要因と特徴行動」

具体的に心理的“非”安全性を引き起こす「不安」とその特徴を、エドモンドソンは4つのカテゴリに整理しています。

・無知だと思われる不安(Ignorant)
何も知らないと思われることが不安で、必要なことでも質問をせず、わからないときにも相談しない

・無能だと思われる不安(Incompetent)
仕事のできないやつだと思われることが不安でミスを隠したり、見当違いの意見だと思われるのが不安で自分の考えを言わない

・邪魔をしていると思われる不安(Intrusive)
相手の邪魔をしていると思われるのが不安で、会議の最中に発言せず、困ったときに助けを求めず、不十分な仕事でも妥協する

・ネガティブ(否定的)だと思われる不安(Negative)
相手の意見を否定していると思われるのが不安で、議論をせず、率直に意見を言わない

心理的安全性を阻害するこれら4つの不安を解消するためには、この不安が「もともと持っている不安」か、「経験から得た不安」かのどちらに起因するものかを見直す必要があります。

「もともと持っている不安」というのは、例えそこがどんなに心理的安全な組織だとしても、新しく入ってきたメンバーなどが感じてしまう不安のことです。これは時間が解決するものとも言えますし、チームに馴染むためのオンボーディングを整えることで、積極的に解消することもできます。

一方で「経験から得た不安」の場合。例えば、以前わからないことを尋ねたら「そんなこともできないのか」「いま忙しいんだよ」と言われたなど、実際に経験したことに起因する不安です。これはつまり、組織自体の環境が心理的安全ではないということ。現在の組織におけるコミュニケーションを見直して、改善していく必要があります。

【コラム】日本人は不安を感じやすい

「不安」が生まれるメカニズムには、精神を安定させる「セロトニン」、ストレスを感じさせる「ノルアドレナリン」、快楽を感じさせる「ドーパミン」の3つの物質が関係しています。セロトニンには、ノルアドレナリンの作用を抑えて不安を鎮めたり、ドーパミンの作用を抑えて満足感を得たりする作用があります。

「セロトニン」の分泌量を左右するのは「セロトニントランスポーター遺伝子」。この遺伝子は分泌量が少ない「S型」と分泌量が多い「L型」の組み合わせによって、「SS型」「SL型」「LL型」の3つの種類にわかれます。つまり不安を感じやすいSS型、楽観的なLL型、その中間のSL型、と3種類の人間がいるのです。

そして調査によると、アメリカ人ではSS型が19%、LL型が32%なのに対し、日本人はSS型が65%、LL型はわずか3.2%なのです。遺伝子的に、多くのひとが不安を感じやすい日本。組織の心理的安全性を高める必要性は、むしろ諸外国よりも高いと言えるかもしれません。

5:心理的安全性を高めるためには

ここまで、心理的安全性とは何か、心理的安全性が低いとどうなるかをご説明してきました。これまでの組織の状況や、自らの言動や行動について、振り返った方も多いのではないでしょうか。

では最後に、心理的安全性を高める方法をご紹介します。とはいっても、心理的安全な組織というのは、一朝一夕でできあがるものではありません。また「今日から心理的安全な組織を目指します!」とただ宣言するだけで、あとはメンバーの自主性に任せるなんてことも意味がありません。

心理的安全な組織をつくる第一歩は、まずこの記事を読んでいるあなた自身が、今日から行動することに限ります。

その一歩を踏み出すためのヒントとして、「『きっかけ→行動→みかえり』フレームワーク」と、「チームの心理的安全性」の4つの因子、4つの因子を用いたワークショップをご説明します。

ここからの内容は主に、石井遼介氏の著書「心理的安全性のつくりかた」を参考にしています。部分的に抜粋してご説明していますので、詳しく知りたい方はぜひ、書籍をご覧になってみてください。

5-1:「きっかけ→行動→みかえり」フレームワーク

ひとの行動を制御するのは「きっかけ」と「みかえり」という考え方があります。


ひとは行動を起こす理由である「きっかけ」があり、行動し、その「みかえり」によって、次に同じ「きっかけ」があった際に同じ行動をとるかどうかが決まる、というものです。

例えば「恋人の誕生日」というきっかけに対して、「花を贈る」という行動を取ったとしましょう。

このとき「恋人がすごく喜んでくれた」というHappyなみかえりがあれば、次回からも「恋人の誕生日」には「花を贈る」という行動をとる確率が上がります。しかし恋人があまり花を好まず、「がっかりされた」というみかえりだった場合、次にまた「恋人の誕生日」というきっかけがあった際は、「花以外の物を贈る」「物は贈らない」など、同じ行動を取る確率は下がります。

これを組織での人間関係に当てはめた場合、何かアイデアがあって意見した際、「それいいね!」とHappyなみかえりがあれば、今後も発言をしようと思えるでしょう。しかし「それはちがうんじゃない?」と言われたり、嫌な顔をされたりすれば、今後は発言を飲み込もうと思ってしまうでしょう。

ここで重要なのは、そのみかえりがHappyかUnhappyかを左右するのは、受け手側だということ。

心理的安全な組織、つまり「誰もが誰かに非難されたり、否定されたりする不安を感じることなく、どんな意見でも率直に発言や行動ができる組織」をつくる上で重要なのは、個人の発言力を高めることではなく、受け手の受容する力を養うことでもあるのです。

5-2:「チームの心理的安全性」の4つの因子

心理的安全性のコンサルティングを行う株式会社ZENTechと、慶應義塾大学が共同で実施した研究結果によると、日本の組織において心理的安全性が感じられるための要素は4つ。「話しやすさ」「助け合い」「挑戦」「新奇歓迎」です。

①話しやすさ

最重要かつ、以下3つの因子の土台となるのがこの因子。これが確保されているとき、組織では報告や連絡、雑談も含めた情報共有、意見や質問が飛び交っている状態です。

<Check Point>
・他のチームメンバーの意見が一致しているときでも、反対意見をシェアできるか?
・「問題」「リスク」に気づいたとき、すぐに声をあげられるか?
・知らないこと、わからないことを、フラットに尋ねられるか?

②助け合い

トラブルに迅速かつ確実に対応する際や、通常より高いアウトプットを目指す際に重要なこの因子。トラブルや仕事が行き詰まった際に、チームに相談し、支援や協力を求めることができる状態です。

<Check Point>
・問題が起きた際に人を責めず、建設的に解決策を考える雰囲気があるか?
・チームリーダーやメンバーはいつでも相談に乗ってくれるか?
・このチームは減点主義ではなく、加点主義か?

③挑戦

組織に活気を与え、イノベーションを生むために重要な因子です。前例や正解、根拠となるデータがなくても、新たなアイデアや仮説を歓迎します。これは例えば「すべてのアイデアを新規事業化する」というわけではなく、「新たなアイデアをチームで検討・仮説検証し、フィードバックを得る」ことによって、学びを得るだけでも挑戦と呼びます。

<Check Point>
・このチームで挑戦することは、損ではなく得だと思えるか?
・前例や実績がないものでも取り入れることができるか?
・多少非現実的でも、面白いアイデアを思いついたらチームに共有できるか?

④新奇歓迎

「③挑戦」よりも、人に焦点を当てた因子です。多様な観点から社会・業界の変化を捉え、ボトムアップを受容します。新奇歓迎が確保されているとき、組織は過去の常識から解放され、個々人の才能に合わせた人材配置や、チームのアウトプットを最大化させる役割分担が行われます。

<Check Point>
・役割に応じて強みや個性を発揮することを、歓迎されていると感じるか?
・常識に囚われない視点や価値観を持ち込むことが歓迎されるか?
・このチームでは、目立つことはリスクではないと思えるか?

5-3:ワークショップ:4つの因子を阻害する要因は何か?

チームの心理的安全性を高める上で課題となっている要因を知るとともに、全体の意識を高められる、ワークショップをご紹介します。

<STEP1>
このチームが今後心理的安全性の高いチームを目指したいことと、5-1の「『きっかけ→行動→みかえり』フレームワーク」、5-2の「『チームの心理的安全性』の4つの因子」について、チームメンバーに説明します。

 

<STEP2>
ホワイトボードなどに、「きっかけ」「行動」「みかえり」の3つの箱を描き、「きっかけ」と「みかえり」の真ん中に線を引いて、箱を上下に分けます。

 

<STEP3>
「行動」の箱に「話す・報告する・意見を言う」と書き、「きっかけ」の上段に「話しやすいきっかけ」、下段に「話しにくいきっかけ」、「みかえり」の上段に「Happyなみかえり」、下段に「Unhappyなみかえり」と書きます。

 

 

<STEP4>
それぞれの「きっかけ」と「みかえり」について、「こう促してもらえると意見が言いやすい」「こういうときは意見が言いづらい」などの率直な意見を、付箋に書いて貼ってもらいます。このときどんな意見が出ても、否定したり問い詰めたりしてはいけません。

 

<STEP5>
一通り付箋を貼り終えたら、上段の「きっかけ」「みかえり」をどう増やすか、下段の「きっかけ」「みかえり」をどう減らすかについて、チームでディスカッションします。

 

<STEP6>
締めくくりに、「上段を増やして、下段を減らしていきましょう。まずは私自身が心がけます。もし下段のような行動を私がとっていたら、みなさん指摘をお願いします」と、自らのコミットメントを示してください。

6:まとめ

イノベーティブな組織であるために欠かせない、心理的安全性。今回は、心理的安全性が損なわれる要因や、その対処法をご紹介しました。

所属している組織で心理的安全性を保たれているかは、受け手が決めること。自分が「気をつけているつもり」ではいけません。加えて、組織として風土づくりをするにも、ボトムアップでつくりあげていくことは困難です。だからこそ、経営陣をはじめ、トップダウンで風土として根付かせる必要があります。

組織は急激に変わりません。だからこそ、本記事に掲載したフレームワークを参考に、社内でワークショップを定期的に行うのもいいかもしれませんね。

本記事が、アイデアや、意見が闊達に飛びかい、創造性あふれる組織づくりを目指すみなさまの一助になれば幸いです。

【参考】
石井遼介 『心理的安全性のつくりかた』 2020年 日本能率協会マネジメントセンター
原田将嗣 『心理的安全性をつくる言葉55』 2022年 飛鳥新社

 

 

 

 

 

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